自分らしいライフスタイルを実現できる居住地としての郊外へ

Vol.35寄稿

~郊外らしさを見つけ出すための、お互い様の地域圏づくり~

関西支部だより+ 35号(2021年2月版)
特集「コロナ以後の新しいエコシステム」Vol.3 


福本 優 
(兵庫県立人と自然の博物館)

 コロナ禍が社会に大きな変化を強いて、一年近くが経ちました。感染症という現代人がほぼ経験したことのない災害は、都市に集まる意味を再考させました。都心で働く必要性が見直され、自宅で仕事をする時間が増えた人も多くいます。リモート設備など、コロナ前からある技術の進歩がコロナ禍で早送りされて、目の前にあらわれています。そんな状況下で、にわかに注目された郊外ですが、都心に軸足を置いた”逃避地としての郊外”という発想からの脱却が求められているのではないでしょうか。本稿では、“自分らしいライフスタイルを実現できる居住地としての郊外”と、それを支える“お互い様の地域圏づくり”の可能性について議論したいと思います。

郊外のニュータウン再生の課題

 都市が拡大した時代、それを牽引した大きな存在が郊外のニュータウン(以下、NTとする。)です。関西で最初に開発された千里NTは、その後の半世紀で都市拡大に取り込まれ、郊外というよりも大阪都市圏の一部ともいえる状態となっています。一方、後発のNTは、千里NTに比べ大阪都心からも遠く、周辺には今も多くの旧集落が残り、都市的なNTと農村地域が混ざり合って地域の空間が形成されているNTが多く存在しています(以下、本項ではこうしたNTを郊外NTとして取り扱う)。これらの郊外NTも、住民が一斉に高齢化していく、公共施設や住宅ストックが一斉に老朽化していく等、色んな課題が一斉に進むというNT特有の事情は共通しており、課題が顕在化し始めている郊外NTも見られるようになりました。

 こうした課題に対応するために、様々な再生事業が進んでいます。NT内でまちの居場所づくり、NT内での仕事づくり、NT内の不動産流通の支援、NT内で自動運転を取り入れたMaaS実装への取り組み、買い物支援等々、各地の課題に対応して様々な取り組みが展開されています。筆者自身もいくつかのNT再生の立ち上げ期に参画する機会を頂き、こうした取り組みを行ってきました。しかし、自分も参加し進める取り組みでしたが、同時に限界があるのではないかと感じることも多くありました。それは、これらの多くがNT“内”住民やこれからのNT“内”の住環境に不足するモノに対する補充的な取り組みだからではないかと考えています。

 NT再生の取り組みに参画し、当事者に近づけば近づくほど、『NT住民のために、』『NTに足りないものは、』と考える思考の渦に取り込まれがちになります。再生当初はNTを含むより広域な地域を俯瞰していたつもりが、具体的な事業に近づくほど、その渦の流れに取り込まれてしまうのです。つまり郊外NT再生の課題は、取り組みがNT内に留まり周辺の集落まで視野を広げられないことで、周辺集落を含む地域のストックに目が向きにくいこと、そして、反対にNTだから在る価値に気付きにくいことなのではないかと感じています。

周辺集落の人が見た、NT住民

 先日、NTとその周辺の複数の集落で構成するまちづくり協議会の総会に参加しました。NT住民が構成員の大半を占める会議の議題は、<持続的な地域活動とするための負担軽減>でした。「自治会の役を担うのが大変すぎる」、「活動が多く負担が大きい」、「責任を担えないから高齢になると自治会を退会する」、「無駄な仕事を減らそう!」「無駄とは何だ!」と議論は紛糾しました。NT住民の議論のベースは、「自分たちの地域を自分たちで運営するためには、負担を減らし持続可能にすることだ」という考え方が暗黙の一致で、議論が進んでいました。

 そんな時に集落側の自治会長さんが一言。「あんたら、甘いで。」

 この言葉は、一瞬会場の空気を止めるには十分な効果があるもので、その後の議論は、会議の終了まで無難な会話が進む展開に。筆者自身、NT再生の現場での「甘いで。」にはとても強烈に課題を突き付けられたように感じました。極端に表現するならば、『NTとして開発された地域に暮らす住民(生まれ育った筆者も同様に)は、”自然豊かな住環境”や”最新の設備がそろった住宅”を購入して移り住み、与えられたその価値(=住環境)を享受し消費するだけの存在』となってしまっていたのではないだろうかという課題です。つまり、工夫を凝らし緑豊かな住環境を計画したNTであっても、地域という視点で見ると、開発から現在まで地域の空間的価値の消費者的存在であり続けただけなのかもしれないということです。

図-1 NTと周辺集落のこれまでの関係

お互い様の地域圏を考える

 では、NTが地域の空間にとっての消費者的である状態から脱却するためには、どのような視点が必要なのでしょうか。この問いに対して、筆者から提案したい考え方が、”お互い様の地域圏”です。

 お互い様の地域圏とは、NTと集落を一体的な地域として捉え、集落側が作る”自然豊かな環境”や新鮮な農産品などの価値をNT住民が享受すること、NT側が作る技術革新やストック活用による新たな住環境価値や豊富な人材によるサポート等を集落住民が享受すること、つまり互いに価値を提供し合える関係を作っていくことを示しています。NTと集落がそれぞれの特徴を活かし、互いに価値を提供し合える関係を生み出すことで、互いの人材が交流し、交流が深まる中で、地域に受け継がれてきた行事の継承や、そうした文化的活動を共有の財産として捉えられる一体の地域づくりを目指そうという考え方です。

 これからのニュータウン再生は、”お互い様の地域圏”を作ることを目指し、昨今の技術的な進歩や社会潮流の変化を踏まえ、ニュータウンの特徴を活かすことで、消費者的な立場から生産者的な立場へとNTを転身させることを目標とする必要があるのではないでしょうか。

図-2 お互い様の地域圏でのNTと周辺集落の関係

お互い様の地域圏に向けて、ニュータウンのリノベーション思考実験

 リノベーションの第一歩は、その建築の特徴を把握することです。NTとなると開発の経緯や現状の課題ばかりに目が行きますが、改めてNTの特徴を考えると2つのメリットが存在するのではないかと思います。

 1つ目は、合理的に計画された都市の持つ効率性です。街路はすべての宅地にアクセスし、かつ、無駄なくコンパクトに計画されています。車社会を前提に十分な都市インフラで構成されたNTは、都市空間として先進技術をアップロードしやすいという特徴があるともいえます。例えば、平成31年2月には、多摩市や三木市のNTで自動運転の社会実験が行われ、その他のNTでも同様の取り組みが見られるのもそうした特徴に起因しているのではないでしょうか。そして、2つ目の特徴は、コンパクトに大勢の人が暮らしている点です。これは、①人材の多様性が、多くが兼業農家で構成される郊外の集落と比較して、高くなるということ、②小さなニーズでも、地域全体で拾い上げられる可能性(スケールメリット)が生まれることを意味しています。こうした特徴を踏まえ、NTのリノベーションについて思考実験をしてみようと思います。

思考実験1:CSA (Community Sported Agriculture) による地産地消の住環境価値

 近年、生産者から年間契約で農産品を購入する”サブスクリプション農業”(=CSA)が注目されています。天候不順による収量の減少リスクも購入者が一緒に背負うことで、安定して農業を行うことが出来る仕組みで、仕組みが確立されると新規就農の支援にも効果があると言われています。CSAでは、「有機農法に特化した」などを付加価値とする例が見られ、少しずつ取り組みが広がりつつあるのが現状です。

 コンパクトに多くの人口を抱えるNTの特徴を活かし、”自地域産”に特化したCSAを組み立てることができるのではないでしょうか。実現すれば、周辺集落の農家はコンパクトな地域で安定して農業を営む基盤を得ることができます。同時に、NT住民にとっては、「自分の食べる野菜は、あの畑から」と自分が暮らす地域の空間とリンクさせることができ、都市では得ることが出来ない郊外NTならではの地域の環境価値を生み出すことができると考えられます。私の勤務先のある北摂三田NTでは、まだ小さな取り組みではありますが、お米を使った集落とNT住民グループとのCSA的取り組みも存在しています。

 2020年から続くコロナ禍で住まいの近くの地域での暮らしへの関心が高まる中、”自地域産”というキーワードは十分な付加価値となる可能性を持っています。また、安定した農業が地域に定着することで、NTで育つ次の世代にとっての選択可能な職業となる可能性が生まれることも期待できるかもしれません。世代を超えていく中で、NTと集落の垣根がなくなり、お互い様の地域圏を生み出すきっかけとなりえそうです。

思考実験2:都市施設の配置(ごみ処理場のNT内移転)

 コペンハーゲンの中心地にCOPENHILL( https://www.copenhill.dk/en )という、施設があります。この施設は年間440,000 tのゴミを廃棄し、150,000世帯に電力及び熱源を供給する廃棄物エネルギープラントです1)。しかし、その特徴はクリーンエネルギーのシステムだけでなく、地域の植生に合わせ緑化された屋上がスキーやクライミングが楽しめる地域のレクリエーションセンターとなっているということです。

 ごみ処理場は住環境の価値を下げる存在として、通常、NT外に計画されてきました。つまり、集落側にごみ処理場設置を負担させていた形です。しかし、先に紹介したコペンハーゲンの事例のように、技術の進歩によりごみ処理場は、生活の場に近くとも成立し、かつ、熱源としての生産の場に変化しています。効率的に計画されたNTのインフラを活用することで電源としての利用のみならず、地域熱利用等も検討できるかもしれません。また、こうした施設はエンジニアとしての地域に働く場を生み出す効果も期待できます。NT内でのまとまった用地取得という課題はありますが、タウンセンターの更新や過度に集中している駐車場用地の活用等、現実的に検討できるNTでは、一考の価値がある都市施設の再配置理論となりそうです。

 さらに、郊外NTの周辺では、農業残渣の処理のため、野焼きを巡る問題が見られる地域もあります。野焼きの時間を決めて、市民に告知するなどの対応をしている自治体もあり、自治体や農家がその対応に追われているのですが、廃棄物エネルギープラントが実現し、「ごみを集める事」=「コスト」でなく、「価値」に転換できれば、こうした農業残渣の処理問題についても、解決の糸口を見つけられるように思います。

お互い様の地域圏づくりをマネジメントするために。

【思考実験1】で考えたようなソフト的な事業からの取り組みは、その価値をしっかりと確立していくことが事業とも直結することから、比較的実現可能性が高く感じられます。一方で、【思考実験2】のように大規模なハード整備を伴い、かつ、戦略的な都市施設の再配置を検討するには、自治体だけの力では限界があり、実現可能性がかなり低くなってしまうことが想定されます。

 今後、人口減少が進み確実に現状より少ない人口となる郊外NTの次の姿を描くためには、都市施設の整備・更新や公共交通網の最適化・維持等のインフラ整備と郊外NTの次の居住地像について、より専門的・戦略的にデザインし経営していく視点が重要になると考えられます。それを実現するためのマネジメント組織の参考となるのが、ドイツの都市公社シュタットベルケです。シュタットベルケは、日本ではエネルギー事業の先進事例として注目されていますが、エネルギー、情報通信、公共交通など都市に関わる様々な事業を横断的に担い、一体で企業経営を行うことがより重要な特徴です2)。つまり、公共交通事業などの必要なインフラだけれども不採算な部門の穴を、エネルギー事業や情報通信等の利益が見込める事業などで補填しながら、地域での公共サービスを持続的に維持させるという経営形態に学ぶべきところが多くあります。都市がシュリンクする社会環境の中で、郊外NTの再生においては、単にコンパクトにするだけでなく適切に人口密度を下げ、一人当たりの空間を増加させより快適で豊かな空間性を持った郊外像を実現させることは重要な視点です。パブリックスペースが少ないNTにおいては、民地の公共空間化、コモン空間化による空間再編など、施設や交通だけでは対処できない課題も潜在していると考えられます。シュタットベルケのように民間の経営ノウハウを持ちながら、都市公社のような公的なマネジメント主体とすることで、都市施設や公共交通の戦略的な再編だけでなく、低密度で魅力的な住宅地像を描き実現するような取組が同時に行える体制をつくることが必要なのではないかと思います。

図-3 お互い様の地域圏のマネジメントの在り方

お互い様の地域圏をつくることで、自分らしいライフスタイルが実現できる郊外へ

 NTと周辺集落とが相互に関係を築きながら、お互い様の地域圏を作り出すために、ハード面ソフト面からもNT再生の基準を見直し、ここだから実現できるライフスタイル像の選択肢を郊外が示す必要があるのではないでしょうか。

 例えば、こんなライフスタイルは想像できるはずです。

 『ローカルエネルギーの発電施設となったごみ処理場でエンジニアとして週3日働き、一週間の内の残りの日は、知り合いのつてで得た耕作放棄地を開拓し、自分での消費分+α農家となれた。+αについては地域のCSAチームが安定的して販売してくれている。』というような、農×エンジニアの兼業家としてのライフスタイル。

 『子どもがまだ小学生で、自宅でのテレワークは少し難しい。タウンセンターのコワーキングをよく使うのだが、そこでは子どもの小学校の同級生○○ちゃんのお父さんとよく出会う。彼は集落エリアで小さな農業法人を立ち上げつつ、フリーランスの仕事も受けているらしい。今度の週末は○○ちゃん宅で収穫のお手伝いさせてもらうことになっている』というような、都心立地企業に努めているのに職住近接・休日充実ライフスタイル。

 コロナ禍は図らずも私たちが実現可能なライフスタイルの多様性を顕在化させました、これからの郊外を考えるためには、商品としての地域の価値向上ではなく、まず「どんなライフスタイルが実現される場所となるのか。」と、NTと集落という地域の垣根を捨て、改めて考える直すことから始める必要があるのではないでしょうか。

参考
  1. コペンヒル:BIGが手掛け象徴的な廃棄物プラントに関する物語(WEBサイト)
    https://www.archdaily.com/925966/copenhill-the-story-of-bigs-iconic-waste-to-energy-plant
  2. ドイツシュタットベルケ連盟HP  https://www.vku.de/
プロフィール

福本 優(ふくもと ゆう)
兵庫県立人と自然の博物館 研究員

2007~ 旭化成ホームズ(株)で戸建住宅の施工管理を担当し、
2011~ 関西大学大学院理工学研究科で修士課程・博士課程を過ごす。
2013~ ”みんなの不動産”で建築コーディネーターとして不動産仲介からリノベーション設計・施工管理までを担当。
2011~2016 関西大学団地再編プロジェクトに参画し、NT再生の現場に携わる。
2017~ 現職

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