住宅団地建て替えの行方―千里ニュータウンを対象とした考察

関西支部だより
関西支部だより+ 37号(2023年6月版)   
特集「都市経営とまちづくり」No.4

一橋大学大学院ソーシャル・データサイエンス研究科
特任准教授 馬塲 弘樹

はじめに

 我が国では1950年代からニュータウン開発が進められ、都市の人口増加に対応してきました。しかし、多くの住宅団地の建物が法定耐用年数を迎え、老朽化の問題が深刻になってきています。特に、共同住宅は区分所有権の関係で撤去や建て替えが困難になっています。2011年からの日本全体での人口減少を鑑みると、我々は住宅団地の更新に真摯に向き合う段階にきているといえます。本稿では、住宅団地の共同住宅を対象として、今後どのような方向性で更新を行うべきか考察してみたいと思います。
 住宅団地の更新で参考になるのが、旧東ドイツの住宅団地です。当該団地では、過去に多くの建物を除却・減築した実績があり、その財源や計画、ステークホルダー間の関係などを整理することで、我が国の共同住宅団地でも参考になる点があるかと思います。そこで、旧東ドイツでの建物除却施策を取り上げ、その枠組みを説明していきます。その後、日本初の大規模ニュータウンである千里ニュータウンを対象とし、その現状と課題について整理します。ここでは、既にいくつかの共同住宅が建て替えられていたり、建て替えられず昔ながらの風景を残している地区があったりします。本事例から、既存のコミュニティや風景を活かしながら、いかにうまく建物更新を行っていくか考察していきます。

旧東ドイツでの建物除却施策

 旧東ドイツ地域は1990年の東西ドイツ統一以降、経済状況の良い旧西ドイツ地域への人口流出に悩まされていました。そのため、旧東ドイツ地域の住宅団地では空き家の増加による景観の悪化や防犯上の不安などが懸念されていました。このような課題に対し、連邦政府は2002年から東の都市改造(Stadtumbau Ost)という事業を展開し、既存建物ストックの修復・保全、建物の除却や減築等による住宅ストックの削減を行いました。これは東西地区が分断されたベルリン市も例外でなく、現在でも旧東ドイツ時代の共同住宅が利用されています。それでは、具体的にベルリン市北東郊外部に立地するマルツァーン・ヘラーズドルフ(Marzahn-Hellersdorf)団地(以下、MH団地)を取り上げつつ、その現状や計画方針などを観察してみましょう。
 HM団地は1976年に事業着手し、約10万戸、18万人を有するドイツ最大規模の住宅団地です。マルツァーン地区では、1995年から2005年の間に人口が28%(約38,000人)減少し、空き家率は2001年時点マルツァーン地区で11%(約6,600戸)、ヘラーズドルフ地区で12%(約5,000戸)でした(写真1)。建物除却・減築は連邦政府からの潤沢な補助金や、団地の喫緊の課題であったこともあり、2009年までに3,500戸が除却され、保育園やデイケアセンター等の社会基盤が再整備されました。原則、建物除却は所有者の申し出により管轄区が許可する流れでしたが、建物の多くは旧東ドイツ時代の住宅供給公社の所有であるため、結果的に非常にうまく建物除却を行った事例となりました。このような成功を収めるにあたっては、(1)計画、(2)財源、(3)ステークホルダー間の関係、の3点の歯車がうまく噛み合っている必要がありました。

写真1 マルツァーン・ヘラーズドルフ団地の典型的な共同住宅(2018年3月筆者撮影)

(1)計画
 東の都市改造において、補助金の受給条件として都市計画発展構想(Integriertes Städtebauliches Entwicklungskonzept)を策定することが要件にありました。本構想の策定主体は自治体であるものの、法的拘束力はありません。それでも、本構想は10年に渡る長期的な計画を描くものであり、かつ住民、議会、住宅供給会社との密な連携が求められたため、都市縮小を想定した現実的な構想が描かれました(図1)。
 都市計画発展構想の内容は緻密な現状把握から始まっており、例えば現況土地利用、施設配置だけでなく各土地の地権者なども地図上にプロットされていました。そのような具体的な情報集約は現実的な計画を策定する際に重要といえます。さらに、どの住棟を除却するか、その後の土地利用方針なども項目として存在していました。本構想には法的拘束力が無いため、必ずしも全て計画通りに進める必要は無いのですが、それでも多くの土地は当初案通りに利用されています(詳しくは馬塲・樋野(2019)を参照)。このように具体性を持って構想を描きつつ、将来の変化に柔軟に対応することが住宅団地更新に肝要であるように思います。

図1 2002年時点の基本構想図

(2)財源
 建物更新、除却などを行ううえで、自治体がどのように財源を確保するかは重要な問題です。東の都市改造の場合、建物の更新、除却、インフラ改修、歴史的な建物の改修・保全に関して連邦政府や州政府が一定割合負担を行っていました。建物更新の場合、自治体、連邦政府、州政府がそれぞれ1/3を負担し、除却の場合は連邦政府と州政府がそれぞれ1/2負担でした。つまり、自治体は建物除却に対して費用負担が発生しない補助金でした。また、インフラの改修は上限3割で自治体負担であり、歴史的な建物の改修・保全は自治体負担なしでした(服部, 2016)。そのため、自治体が本事業へ取り組むインセンティブは大きく、積極的に計画作成や関係者間の信頼構築に腐心するに至ったのです。

(3)ステークホルダー間の関係
 都市計画発展構想にもあるように、自治体は住宅供給会社をはじめ多様なステークホルダーとの連携が求められていました。ここで、馬塲(2018)にまとめられている各主体の関係について考えます。
 ここで現地のアクターとなりうるのは区、地域住民、住宅供給会社といえ、連邦政府やベルリン市は補助金の処理やアドバイスに専念していたといえます。先の都市計画発展構想の中核を担うのは区であるものの、住宅供給会社の立ち位置がこの関係を考察するうえで重要です。当時、住宅供給会社は所有建物の空室増加や維持管理費などで経営破綻寸前の状態であり、どうにかして不良住宅ストックを整理したい状況でした。そのため、住宅供給会社は積極的に区とタッグを組み、建物除却を率先して計画していたといえます。また、過剰な除却や開発を防ぐという観点から地域住民の役割も重要です。結局のところ、住宅団地に住むのは地域住民であり、過剰な建物除却により自身の生活が脅かされる可能性もあります。そのため、地域住民は諮問委員会等を設置して建物除却に反対することもありました。また、地域住民は一方的に対立するだけでなく、住宅供給会社とデザインシャレットを開催して建物除却の跡地利用についても積極的に意見交換していました。このように、それぞれのステークホルダーが一丸となってMH団地の住環境改善に尽力していたために本事業の成功につながったといえます。

図2 都市計画発展構想における各主体間の関係(出典:馬塲(2018), 住宅 67(5), p.20 図2)

 以上のように、旧東ドイツの建物除却は計画、財源、ステークホルダー間の関係が全てうまくいった結果であるように思われます。もちろん、日本とドイツの状況は大きく異なっており、例えばドイツは自治体の権限が強いからこそ施策を推進できたという側面もあるかもしれません。しかし、課題を共有する国同士、適用可能な枠組みも存在するのではないでしょうか。次節で千里ニュータウンの共同住宅建て替えの現状と課題を整理したうえで、どのような建物更新の方向性がありえるのか考察してみましょう。

千里ニュータウンの共同住宅建て替えの現状と課題

 千里ニュータウンは大阪府豊中市・吹田市に位置し、1962年に入居開始となった我が国最初の大規模ニュータウンです。当ニュータウンは12住区、計画人口15万人を予定し、近隣住区理論にもとづく道路、公共施設などの配置を行った先進的な団地でした。また、住宅は戸建てから複数規模の共同住宅まで様々に配置し、分譲だけでなく賃貸住宅も多く配置しています。ここでは共同住宅に着目しますが、入居開始から60年以上経過しているため、開発当初の建物が点在しつつ、建て替えにより新しい建物も竣工しているようなダイナミックな状況にあります。ここでは、現状で建て替えを行わず当時の様相を保っている事例と積極的に建て替えを行った事例を概観してみましょう。

 前者は青山台団地という千里ニュータウン北部に位置する団地です。ここでは、積極的に建て替えはしないものの、株式会社良品計画とのコラボレーションや地域住民の植栽活動などにより、地域ブランドを維持しています。青山台団地内のURの共同住宅は、傾斜地をうまく生かしてのびやかなランドスケープを維持しつつ、容積を抑えた5階建ての建物や、ポイントハウスと呼ばれる建築面積の比較的小さな建物が点在しています。このような風景は建て替えを行ってしまうと損なわれてしまうため、可能な限り改修を続けることは合理的なのかもしれません。

写真2 青山台団地の風景

 続いての事例は、千里ニュータウン東側に位置する藤白台団地であり、ここでは民間の資金によって公共事業を行うPFI(Private Finance Initiative)による府営住宅の建て替えが行われました。藤白台団地では従前土地の約半分を民間に払い下げすることで財源を確保しており、総面積6.4haのうち3.0haが民間企業に割り当てられました。当団地の建物は5階建てがメインであり、建蔽率、容積率ともに余裕があったため、高層化すれば土地が半減しても従前の戸数を維持できました。加えて、民間企業も同規模の共同住宅を建築したため、従前土地の総戸数としては約2倍となりました。当プロジェクトは官民一体となって開発したため、全体の配置計画がうまくなされており、府営住宅は民間分譲マンションと見劣りしないようファサードにメリハリをつけるなどの工夫が施されています。

写真3 藤白台台団地の建て替え後住宅

 このように、千里ニュータウンは古き良き団地風景を残しながらも建物更新を行っているように見えますが、いくつか課題も残されています。まず、立地条件の悪い建物は将来的に需要がなくなる可能性があるため、建て替えに消極的になる点です。千里ニュータウンの多くの地区は問題ないですが、市場価値が低くなってしまった共同住宅は、建て替えが行われないまま、最悪の場合管理不全になる可能性があります。逆に、立地条件の良い土地は民間の高級分譲マンションになってしまう可能性もあります。このように、自治体が何も対策を講じなければ居住分化が起きてしまうかもしれません。また、古き良き団地風景もその持続可能性を考える必要があります。どんなに丁寧に建物を維持していても、いつかは建て替えに直面することになります。その際、将来像について事前に話し合っておかなければ、市場に任せて画一的な中高層住宅が乱立することになるかもしれません。

おわりに

 本稿では旧東ドイツでの建物除却施策をレビューしながら、千里ニュータウンを先進的な共同住宅の保全、建て替え事例として取り上げました。千里ニュータウンは、今ではニュータウン更新のトップランナーとして多数の先進的な取り組みを行っており、多くの建て替えを成功に導いています。それでも、長期的に考えたときに建て替えされず取り残される建物をどのように維持管理するか、セグリゲーションをどこまで甘受するかなどの課題が残ります。最後に、旧東ドイツの建物除却施策を参考に今後の住宅団地建て替えのあり方を考えてみましょう。

まず、地区レベルでの計画を策定することが望ましいのではないでしょうか。千里ニュータウンの場合、地区ごとにコミュニティが分かれ、自治会も機能しているため、比較的住民も参加するかたちで構想を練りやすい環境にあると思います。特に、開発で容易に消えてしまう宅地内の緑地やオープンスペースをどう継承するかを考え、あらかじめ保全の指針を作成しないと、それは民間分譲マンションに様変わりするでしょう。これは他のニュータウンも同様で、市場性の有無によって方針を変えつつ住宅団地の将来像を考える必要があります。また、建て替え主体に何らかのインセンティブを与え、それにより景観を間接的にコントロールすることが望まれるでしょう。例えば、先の地区レベルの計画を策定し、建て替え対象の建物を決定した場合、その建物に対して解体補助を行うなどが考えられます。結果的に、建て替え補助対象の建物を指定するプロセスで、自治体、UR、地域住民などのステークホルダー間で対話が生まれることとなります。

本稿では建て替えに関する具体的な提案までは至りませんでしたが、戦後の住宅大量生産期を経て、その更新を迫られている住宅団地再整備のあり方に関する議論の一助になれば幸いです。

プロフィール
2015年ワシントン大学大学院ランドスケープアーキテクチュア学部専門職課程修了。2019年東京大学大学院都市工学専攻博士課程修了。東京大学空間情報科学研究センター、京都大学白眉センター/東南アジア地域研究研究所を経て、2023年より現職。専門は都市・不動産解析、地理情報科学、都市計画など。

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