ポスト・パンデミックの都市空間

Vol.35

-“15-minute neighborhood”の空間像-

関西支部だより+ 35号(2021年4月版)
特集「コロナ以後の新しいエコシステム」Vol.7 

矢吹剣一(東京大学先端科学技術研究センター ※1)
※1:2021/3まで神戸芸術工科大学環境デザイン学科・助教

はじめに

 国際社会がコロナ禍に直面し1年以上が経過していますが、未だに事態収拾の目処がつかない状況にあります。日本都市計画学会関西支部のウェブ記事「コロナ以後の新しいエコシステム」ですが、今回はそのエコシステムを都市デザインの観点から考えてみたいと思います。特に本稿ではコロナ後に特に着目されている“15-minute neighborhood(またはcity)”と呼ばれる生活圏のコンセプトに着目し、世界で発信されている“15-minute neighborhood(またはcity)”のあり方に関するウェブサイト記事のいくつかを参照し、その内容について整理し、日本の郊外住宅地を考察してみたいと思います。※2

 感染症の世界的流行は都市をロックダウンや外出禁止等の状況に追い込みました。そうした、通勤や通学もせず自宅待機を余儀なくされた期間はストレスフルでありながらも、我々へ働き方や近隣の居住環境を見直す機会を与えてくれました。そうした近隣への意識が向く中で、都市計画の学者や実務家の間で注目を集めたキーワードが“15-minute neighborhood”というアイデアです。  

 このキーワードはコロナ禍以前から都市政策の中では標榜されてきたコンセプトではありますが、自宅とその周辺で生活を送らなければいけないコロナ禍の状況の中で、近隣の居住環境の持続性を問い直す視点として注目を集めています。

 本稿ではそれら“15-minute neighborhood”の基本的な考え方と論点について、ニューアーバズムを推進する団体であるCNU(Congress for New Urbanism)の記事に基づき整理し、日本のコロナ以後の都市空間のあり方について考察したいと思います。

※2:本記事はインターネット上の特定組織の一部の記事のレビューに過ぎず、コロナ禍に対応する都市デザインを包括的に議論することが趣旨ではありませんので、あらかじめご了承下さい。むしろ、ウェブ記事という特性を活かしてアップデートなどもしていきたいと考えます。ぜひ、筆者まで情報をお寄せ下さい。

コロナ禍のなかで注目される“15-minute neighborhood”と
それを取り巻く議論 ※3

 “15-minute neighborhood”というコンセプトは2010年にオレゴン州ポートランドの「ポートランドプラン」に“20-minute neighborhood”として盛り込まれたことにルーツがあるとされています。プランには生活利便施設の分布や歩道・道路の接続性、地形などを考慮した上で歩行による生活利便施設へのアクセスのしやすさを評価した分析図が掲載されています(図1)。この分析図は、徒歩を基本としながら暮らすことが出来るエリアかどうかを判断するベースになる地図であり、逆に自転車や公共交通、自動車などがないと生活しにくいエリアなども把握することができます。

 ポートランドプラン以後、このコンセプトはボルチモアやメリーランド、デトロイトなどで使用され、近年ではニューヨーク市長選に出馬しているショーン・ドノバン元住宅都市開発省長官や、昨年再選を果たしたアンヌ・イダルゴパリ市長が“15-minute neighborhood(またはcity)”を提唱しています。本稿ではCNUウェブサイトで紹介されているコンセプトの論点を整理していきたいと思います。 

“20-Minute Neighborhood”の分析図(出典:Portland Plan https://www.portlandonline.com/portlandplan/

1)交通手段によって変化する圏域

 “15-minute neighborhood”はその名の通り、人々が日常生活で必要とするものへ徒歩15分でアクセス出来ることを指しますが、徒歩以外の交通手段を含む場合もあるため、前提としている交通手段により圏域のスケールが変化すると述べられています。例としてパリ市とボルダー市が列挙されており、パリ市では徒歩と自転車、ボルダー市では徒歩、自転車、公共交通を前提に“15-minute neighborhood”が提唱されています。なお、人は15分で約1.2kmの歩行が可能であり、15分の生活圏はおよそ4.5平方km(450ha)をカバーするとしています。

 このように、15分を定義する交通手段が都市により異なるものの、それが逆説的に、前提とする都市空間の状況が異なるなかで交通手段をあえて限定しないことで様々な都市に応用可能なコンセプトとなっていると分析されています。また論考では(自動車を使用せずに)誰しもが15分で生活に必要な物事にアクセスできる環境をつくるという(市民目線の)目標になっているからこそ、政治的スローガンになりやすいことも指摘しています。

2)バリア(障壁)となる要素の有無

 また、本論考では“15-minute neighborhood”を決定づける要素として「距離」の他に「バリア(障壁)」の存在を指摘し、特に幹線道路の影響を例示しています。生活利便施設が徒歩や自転車で15分圏内にあっても、それまでの道のりに大きな幹線道路が存在する場合に、その向こう側へアクセスすることは事実困難となると述べており、“15-minute neighborhood”の公共領域(public realm)の構成が領域内の移動を妨げる可能性を指摘しています。

3)歩行圏

 最後に、米国のニューアーバニスト達が使用する、時間を用いたアクセス性に関するもう一つの基準”5-minute walk”との関係を指摘しています。この基準は米国における典型的な近隣地区の範囲をカバーする半径約400m程度の範囲を示すもので、ニューアーバニズムの計画では広く用いられている基準であり、条件が良ければ人は車で移動するよりも徒歩を選択するという考え方に基づいています。徒歩による“15-minute neighborhood”の中には徒歩による“5-minute walk”で示されるような近隣地区がおよそ7つ程度入るとされています。

※3:本項はCNUの記事にもとづく(参考文献2)。

都市デザインに関するニューアーバニストの分析 ※4

 前項で参照した記事(参考文献2)の2週間後に公開されたCNUの記事には、“15-minute neighborhood(またはcity)”を政策的な側面でなく、都市デザインの側面から考察する文章が掲載されています。この文章は米国の主要なニューアーバニストであるアンドレス・デュアーニらによるものです。

 この中では“15-minute neighborhood”が想定しているエリアは一般的な近隣地区(neighborhood)よりも大きいため、用語としては“15-minute city”の方が正確であると前置きしており、その上で“15-minute city”の効用として①社会経済的な公平性(誰しもが生活利便施設にアクセス可能)、②環境負荷の低減(自動車を使用しないことなどによる)、③健康・福祉上のメリット、④時間の節約による生活の質の向上などを挙げています。また、“15-minute city”は①住民が望む生活サービス、②範囲内の移動手段(交通手段)、③(成立するサービスを規定するような)住宅の密度に影響を受ける「不安定な理想」とも述べられています。

 そして、歩行圏の3つのレベルとして以下を定義しています(なお、これは最低限の基準であり都心部の場合はより高レベルのサービスが提供されると注意書きされています)。

①徒歩5分(半径400m)の歩行圏:生活利便施設、さまざまな種類の住宅、最低限の用途混在がなされている広場やメインストリートなどが存在し、人口は約2,600人程度が想定される。

②徒歩15分(半径1,200m)歩行圏:ほとんどの人の歩行の最大距離であり、生活利便施設から学校まで様々な用途が存在し、大規模な雇用先や大規模な公園などが立地する。駅が立地するなど地域交通の拠点にアクセスが可能であり、人口は約23,000人程度が想定される。

③自転車15分(半径36,000m)の圏域:文化施設や医療、高等教育施設などにアクセスが可能であり、広域公園なども存在する。人口は35,000人程度が想定される。

 本論考でもバリア(障壁)について言及されており、歩行性を低下させる場所の存在は歩行圏を縮小させ、提供できるサービスも少なくすると述べています(例えば学校の校庭や工場施設など)。また交通手段についても公共交通を利用する場合は、目的地や利用する交通サービスの水準により圏域が変化してしまうことが指摘されています。

 さらに、上述の内容は距離による定義ですが、“walk appeal(歩行体験の質)”によっても歩行圏が変化するということも指摘されています。つまり、魅力的な歩行体験が提供出来る場合には歩行圏は拡大し、逆に人間が歩行するに相応しくない空間が広がる場合、歩行圏は縮小するとしています。

※4:本項はCNUの記事にもとづく(参考文献3)

総括と日本の都市空間への示唆

 前段の“15-minute neighborhood”に関する記事はニューアーバニスト達によって記述されており、ニューアーバニズムの理論を応用した形での解説であることに注意して頂く必要はあるものの、コンセプトを論理的に解釈するためには有効であると考えます。最後に本項では、これらの論考を踏まえた上で日本のコロナ以後の都市空間、特に郊外住宅地を考えるための論点を簡単に考察していきます。

1)歩行圏の距離設定の問題

 米国等では長らく”5-minute walk”と呼ばれる約400mの歩行距離がゾーニングやスマートコードの計画に活用されてきました。近年我が国でそうした生活圏の計画で使用している基準として、国土交通省が公開している「都市構造の評価に関するハンドブック」における「徒歩圏」が挙げられます。ハンドブックのなかでは生活サービスの充足率の計算に使用する一般的な徒歩圏は800m、高齢者は500mと設定されています(鉄道駅の誘致距離は800m、バス停は300m)。これはおおむね5〜10分徒歩圏であり、徒歩による”15-minute neighborhood”の圏域、つまり半径約1.2kmの範囲よりも小さく設定されています。

 したがって、これまで議論してきた”15-minute neighborhood”の圏域よりもさらに小さい圏域の中で生活サービスを提供する必要があり、特に高齢者に対しては半径500mの生活圏の中で基本的なサービスを提供する必要があるということを示唆しています。これは、戸建て住宅地や団地のような用途純化が進んだエリアでも、小さな商店やコンビニのような機能を挿入し、高齢者が容易に生活サービスを受けられるような環境を構築していく施策が必要である理由の一つであると考えられます。実際に、団地にコンビニを誘致する取り組みなども始まっています。高齢化が進展している日本ではこうした計画の前提となる歩行圏の「小ささ」に留意する必要があるでしょう。

2)交通手段の問題

 前項で述べた通り、高齢化が進む日本では、高齢者の場合歩行圏が縮小し、生活サービスへ十分アクセスできないという問題が発生します。したがって、移動販売等による生活サービスの補完やバスやタクシーなどの交通手段による生活圏の拡充という施策が重要になってきます。CNUの考え方を用いれば、近隣地区でこれらのサービスを実施し、それぞれの住民が15分以内に生活サービスにアクセス出来るようすることで、“15-minute neighborhood”を構成することが可能であるといえます。現在我が国ではMaaSに代表されるような、移動手段をシームレスにつなぐシステムの検討が活発化しています。ただし、これらのサービスについては交通密度の低い地方やエリアなどでの採算性の問題などが課題となるため、行政による支援等を含めた検討が必要です。

3)都市空間におけるバリア(障壁)の問題

 CNUの論考では、歩行圏の大きさに影響するバリア(障壁)の問題が挙げられていましたが、日本も例外ではありません。神戸市を例にみると(図2)、歩行を妨げたり歩行体験の質を低下させたりする鉄道や幹線道路の存在により、5分歩行圏であってもエリアが分断されていることが見てとれます。一方で、ヒューマンスケールの路地が多く存在する下町は防災性等に課題が残るものの、豊かな歩行体験を得ることができるため、歩行圏はより広がるものと推察されます。

 また、より小さいスケールでみると、郊外に開発されたニュータウンでは幅員が狭い、あるいは歩道がない道路などインフラの質が低い状況が散見され、その場合歩行圏は小さくなるものと考えられます。さらに日本の場合は斜面地を造成して建設したニュータウンなどが多く存在するため、坂道が多いことも歩行性に影響するものと考えられます(図3)。

 以上のように実際にプランニングを行う場合には対象とするエリアの現況を把握して、特性に応じた対応が求められます。

4)空き家・空き地の問題

 最後に少子高齢化とともに社会問題化している空き家・空き地などの空閑地問題についても言及したいと思います。空閑地は既成市街地だけでなく、住宅団地などでも深刻な問題となっています。短期的には2)のような交通・物流系の施策で生活サービスを維持しつつ、空閑地の維持・管理を実施しながら、中長期的な視点でエリアの住宅ストックのあり方を検討していく必要があるものと考えます。例えば、住宅開発の需要が少ない場合には隣地を貸し出しながら一体的に利用したり(区画規模が小さい場合なども有効)、需要が高い場合は区画統合(合筆)などを進めて子育て世代や共働きといった現代のライフスタイルに合わせた広さをもった住宅を整備したり、空閑地を活用しつつ社会情勢に応じて居住密度を調整していくようなプランニングの視座も求められます。

 上記の各項目は今回参照したCNUの記事を受けて列挙したものであり、当然ながら日本の郊外住宅地の課題・論点をすべて整理するものではありません。しかし、効率的に最低限度の生活水準を担保する住宅を供給するといった戦後の郊外住宅地の考え方から脱却し、“5-minute walk”や“15-minute neighborhood”のように人間的な目線に基づいたライフスタイルのあり方を模索することはポスト・パンデミックの社会ではより一層重要になるのではないでしょうか。本稿がその実現に向けたプランニングやデザインのあり方に関する議論の一助になれば幸いです。

図2:神戸市内の特徴的なエリアにおける5分歩行圏の比較(赤いサークルはjSTAT MAPを使用して筆者作成)

必ずしも居住地区とは限らないが、神戸市を例に”5-minute walk”の圏域を図示した。JR三ノ宮駅前エリアと学園都市エリアは用途の混在度は高いが、鉄道や幹線道路で地区が分断されている。旧居留地エリアは用途の混在度は低いが、東遊園地といった公園も含めてエリア全体が5分歩行圏に入っておりヒューマンスケールであるといえる。長田地区も幹線道路等は存在するものの、建築物の敷地が小さく、路地などが入り組んでおり歩行体験の質が高いものと推察される。

図3:ニュータウンの例(左:幅員が狭い道路で区画された戸建て住宅地/右:住宅地の中の坂道)
いずれも筆者撮影2021.3

出典

  1. How ’15-minute cities’ will change the way we socialize
    https://www.bbc.com/worklife/article/20201214-how-15-minute-cities-will-change-the-way-we-socialise
  2. The 15-minute neighborhood gets its 15 minutes of fame
    https://www.cnu.org/publicsquare/2021/01/25/15-minute-neighborhood-gets-its-15-minutes-fame
  3. Defining the 15-minute city
    https://www.cnu.org/publicsquare/2021/02/08/defining-15-minute-city

プロフィール

矢吹 剣一(やぶき けんいち)

1987年福島県いわき市生まれ。筑波大学第三学群社会工学類(都市計画主専攻)卒業。東京大学大学院都市工学専攻修士課程修了。株式会社久米設計勤務後、東京大学大学院都市工学専攻博士課程修了。博士(工学)。東京大学特任研究員・アーバンデザインセンター坂井(UDCS)、神戸芸術工科大学環境デザイン学科・助教を経て、2021年より東京大学先端科学技術研究センター・特任助教。専門は都市計画、都市デザイン、まちづくり。

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