健康なまちをつくる

2020年3月号

大阪医科大学・本庄かおり

はじめに

近年、都市計画においては、まちづくりに「健康」の視点を取り入れることが重要なテーマの一つとなっている。一方、公衆衛生領域においては、健康づくりにおける環境の整備が大きな関心を集めており、この分野における都市計画の役割の可能性が議論されている。

そこで、本稿では、「健康なまちをつくる」をテーマに、都市計画と公衆衛生領域の協働の重要性を示した上で、これまでに示されている環境と健康の科学的エビデンスを基に健康なまちをつくるためのヒントについて考えてみたい。

健康を決定する社会要因(健康の社会的決定要因)

WHO憲章(1948年)によると、健康は単に疾病の有無によって判断されるものではなく、精神的にも社会的にも健やかで良好な状態という非常に幅広い概念であると定義されている1)。また、健康は、遺伝子・高血圧など疾病リスク要因の有無や喫煙・運動などの健康習慣によってのみ決定されるものではなく、社会経済状況、友人・隣人関係における社会的ネットワークや社会的支援、社会規範、職場の就労環境、居住地域の環境、文化や歴史など、様々な社会要因の影響を受けていることが明らかである(図1)。これらの社会要因は健康の社会的決定要因(SocialDeterminantsofHealth:SDH)と呼ばれ、健康の重要な決定要因であると定義されている2)。つまり、健康は個人、家庭、近隣地域、職場、そして、より広域の市町村や都道府県など、様々なレベルの影響を重層的に受けて決定されるものであり、健康を促すような環境の整備は、健康づくりにおいて最も重要な課題のひとつであると言える。

図-1

「まちづくり」と「健康づくり」

地域におけるまちづくり推進の基本方針として、「いきいきとした生活」「生きがいのある生活」「健やかに安心して暮らせるまち」といった項目が挙げられることが多い。このような項目はすべて先ほど述べた「健康」の概念に含まれると考えられることから、「まちづくり」はすでに健康を念頭において計画されていると言える。一方、公衆衛生領域においては、近年、健康的な生活習慣・ライフスタイルを推進し健康寿命を延伸するという目標のために、必要な社会的・物質的環境をどのように形成するのかについての議論が進められている。その中で、健康を増進するような環境の整備において都市計画の役割が不可欠であると認識されている3)。つまり、まちづくりと健康づくりは、その視点に違いはあるが、すでに多くの共通する目標のもとに検討されており、今後、都市計画と公衆衛生領域の協働が重要な課題であると考える。

健康なまちをつくるヒントとは―エビデンスから考える

近年、個人を取り巻く健康環境要因の重要性が認識されるようになり、公衆衛生領域においては環境をテーマとした疫学研究が急速に増えている。本項では、これまでに示されている環境と健康の関連に関する科学的エビデンスを紹介しながら「健康なまち」をつくるためのヒントについて考えてみたい。

人が生活する街の物理的なつくり(形状)はその街の重要な環境要因である。このような物質的環境の健康影響の例として、欧米ではウォーカビリティ(Walkability) という歩きやすさに関する地理的指標と身体活動との関連の検証が盛んである3)。日本においても、住居密度、混合土地利用度、道路の接続性が高いほど、日常における買い物などのための歩行頻度が高い傾向がみられ、また、散歩やウォーキングは歩道・自転車道の整備、景観、安全性が関連していることが報告されている4)。高齢者を対象にした研究では、自宅から 500 mの生活圏内に利用可能な公園があることにより、スポーツ活動の頻度が上昇する傾向がみられ5)、利用可能なスーパーマーケットがあることにより、BMIならびに肥満のリスクが上昇する傾向が報告されている6)。また、欧米の研究ではあるが、居住地の緑地面積が大きいほど死亡リスクが低くなることも報告されている7)。このように、まちの形状がそこに居住する人々の健康に影響を与えていることが科学的エビデンスとして示されている。

まちづくりのもう一つの側面にコミュニティの創生がある。近年、単独世帯の増加などの社会的背景から社会的つながりを促すようなまちづくりが盛んに検討されている。公衆衛生分野においても、地域コミュニティのつながり(例:ソーシャルキャピタル)の強さがそこに居住する人々の健康に影響しているという科学的エビデンスが示されている。たとえば、住民同士のつながりが強い地域に居住していることは、そこに居住する高齢者の主観的健康度 8)、身体機能9)、認知機能 10)、に良い影響を与えている可能性が示されている。これらの研究結果は、地域のつながりといった社会環境がそこに居住する人々の健康にとって重要な要因であることを示唆しており、これらの知見を基に地域のつながりの強化を健康づくりの一環として実施する検討もすでに始まっている。

このように、まちの物理的・社会的環境は、そこに居住する人々のライフスタイル、行動などに大きな影響を与え、ひいては健康に影響する重要な健康決定要因なのである。近年、公衆衛生分野においては、健康無関心層も含めた予防・健康づくりを推進していくために、行動経済学理論(ナッジ理論等)を取り入れ、個人の行動変容を促す仕掛けを構築していくことの重要性が議論されている。つまり、健康寿命の延伸を目指した健康づくりには、これまでに目標とされてきた「健康になれる環境」から「健康に(自然に)なってしまう環境」をつくるという新たな視点が重要だと考えられている。

今後、このような疫学研究エビデンスを基に、居住する人々の健康に良い影響を与える「ついつい健康になってしまう」環境を都市計画と公衆衛生の協働により整備していくことが重要であろう。

終わりに

これまで見てきたように、都市計画と公衆衛生は不可分な領域であることは明らかであり、今後、両領域がお互いに協働し「健康なまちをつくる」を実践していくことが望まれる。公衆衛生分野の研究結果から、健康に影響を与える社会要因に関する様々な科学的エビデンスが生まれている。これらの研究結果は、健康なまち(環境)の構築を進める都市計画において重要なヒントとなると考える。

参考文献
1) 平成 26 年版厚生労働白書 PDF 版 https://www.mhlw.go.jp/wp/hakusyo/kousei/14/dl/1-01.pdf (最終閲覧日:2019 年 12 月13 日)
2) WHO 健康都市研究協力センター 日本健康都市学会 特定非営利活動法人 健康都市推進会議 健康の社会的決定要因 健康の社会的決定要因 確かな事実の探求 第二版 http://www.tmd.ac.jp/med/hlth/whocc/pdf/solidfacts2nd.pdf(最終閲覧日:2019 年 12 月13 日)
3) 中谷友樹(2012)地理情報システムを利用した健康づくり支援環境の研究 ESTRELA、218:2-9.
4) 井上茂 , 下光輝一(2010)生活習慣と環境要因―身体活動に影響する環境要因とその整備 . 医学のあゆみ . 236:75-80
5) Hanibuchi T, Kawachi I, Nakaya T, Hirai H, Kondo K.(2011) Neighborhood built environment and physical activity of Japanese older adults: results from the Aichi Gerontological Evaluation Study (AGES). BMC Public Health.19;11:657.
6) Hanibuchi T, Kondo K, Nakaya T, Nadade M, Ojima T, Hirai H, Kawachi I. (2011) Neighborhood food environment and body mass index among Japanese older adults: results from the Aichi Gerontological Evaluation Study (AGES). Int J Health Geogr. 10:43.

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