課題最先端エリアから課題「解決」最先端エリアへ

Vol.36

大阪市生野区長・山口照美氏に聞く 都市経営とまちづくり

関西支部だより+ 36号(2021年12月版)   
特集「都市経営とまちづくり」No.3

インタビュー記事大阪市生野区長・山口照美さん

日時:2021年10月28日
場所:生野区役所
   リノベーション長屋の現地視察①(イリマメニハナ(コーヒー豆販売・カフェ))
   リノベーション長屋の現地視察②(てんぷらー(地域活動団体拠点))
主催:都市計画学会関西支部編集広報委員会
趣旨:特集企画「リーダーに聞く都市経営とまちづくり」の第2回は、民間人材として小学校校長を務めた後、公募制度で生野区の区長に着任されて、小学校再編や跡地活用の他、プレイスメイキングや多文化共生などにも取り組まれている大阪市生野区長・山口照美氏に、大阪市生野区のまちづくりについてお話を伺いました。

区役所でのお話

生野区の区政三本柱

山口区長:私が区長になった時に、区政の方針を立てました。まず、防災・防犯がしっかりした「安全・安心なまちづくり」です。その上に、「すべての人に『居場所』と『持ち場』のあるまち」をキャッチコピーとして付けました。あえて「すべての人」という言葉を入れることで、私たちの手が行き届いていない方々に気づけるようにしています。そのセーフティネットの土台の上に区政三本柱として、若い世代に来てもらえるように「教育・子育て環境の充実」や住居を提供するための「空き家対策」、そして「多文化共生」の最先端になることに取り組んでいます。加えて、生野区のイメージを変える「シティプロモーション」を行っています。これらを全て行えば、生野区は課題最先端エリアから課題「解決」最先端エリアとなる、という信念で行ってきました。

区政三本柱についてのお話

シニア・スマートシティ

 生野区では、少子高齢化が進んでいることが課題になっています。特に一人暮らしの高齢者が多く、特殊詐欺の増加や災害の増加に伴って防犯・防災が課題になってきています。また、どの地域にも共通して地域の担い手が不足している課題もあります。

 高齢化への対応に関して、高齢者にスマートフォンを使ってもらうことが有効だと思っています。これは「シニアスマートシティ」と名付けた取り組みに繋がっており、アプリで呼ぶオンデマンドバスの社会実験が始まったのをきっかけに、スマホ利用の推進をしています。オンデマンドバスは、高齢者の移動手段の確保や自転車事故の多さを踏まえ「一人ひとりの移動をデザインする」意味で生野区には有効だと考えます。現在、OsakaMetoro(大阪市高速電気軌道株式会社)が社会実験を行っていますので区も連携してPRしています。

参考資料)シニアスマートシティ・いくの
https://www.city.osaka.lg.jp/ikuno/cmsfiles/contents/0000535/535963/0606-07.pdf

シニア・スマートシティについてのお話

学校跡地活用を通したエリアリノベーション

 生野区は少子高齢化最先端地区であるため、小学校は非常に小規模なものばかりになり、学校再編が進んでいます。これに関しては厳しいご意見も頂きますが、再編を先送りにして同級生が10人程度しかいないまま子ども達を卒業させてしまうことの責任も重く、私は学校再編を進めていくべきだと考えています。また、子どもの貧困率が大阪市の平均より高く、他区との学力格差が広がっているという問題も抱えています。これに対して、学校再編により浮いた学校運営費を集約して新しい学校にハードやソフトの投資を行い、大阪市の施策と併せて質の高い教育を実現したいと考えています。

 学校跡地は大阪市の基本方針では売却ですが、生野区西部地域は密集市街地であるため基本的に小学校の跡地は残すという方針になりました。ただ、残すにも莫大な運営費がかかるため公民連携の手法を用いて収益化しようとしています。複数の学校跡地に対して、エリアリノベーションの考え方を基に「まちぐるみ教育・みんなの学校」として、小学校としての機能はいったん失うものの、新たな運営事業者によって「みんなの学校」として学校開きをするという構想を進めています。そこで色々なアクティビティが生まれ、人材が育ち、周囲の空き家の活用にも繋がるという未来を目指しています。

 具体的な活用計画は学校ごとに地域の皆さんと話をしながら考えています。例えば、御幸森小学校についてはコリアンタウンが近いこと、ユネスコスクールという国際理解教育の学校であったことを引き継いで多文化共生の拠点となる活用計画が立てられました。

 また、防災の役割を持たせるため、災害時には講堂と指定された教室を開放できることを条件に、周辺地域の活性化に貢献できる事業者にお願いすることになっています。最終的には株式会社RETOWNと特定非営利活動法人IKUNO・多文化ふらっとの共同事業者による提案が採用されました。ここに至るまで4年ほどかけて、調査や地域との話し合いなど丁寧なプロセスで進めてきました。

参考資料)生野区西部地域の学校跡地を核としたまちづくり構想
https://www.city.osaka.lg.jp/ikuno/page/0000470999.html

学校跡地活用についてのお話

空き家の利活用

 生野区は労働人口が少ない、高齢者が多い、生活保護の受給率が高いといったこともあり、区民一人あたりの税収が24区中かなり低い区となっています。さらに残念なことに、直近5年間での分譲マンション販売数が、大阪市24区の中で唯一ゼロです。住宅面では子育て世代が住める家が供給されていないと言えます。また、戦火を免れた木造住宅が密集しており、それらが空き家問題を引き起こしています。こうした課題を解決するため、産業を活性化し、子育て世代にとって魅力のある街にする必要があります。空き家問題に対してはakippa株式会社や株式会社スペースマーケットと協定を組み、取り組んでいます。区内の空きスペースを見える化し活用事例を広報することで、空き家や空き地を「そのまま使う」「みんなで使う(シェアリングエコノミー)」が広がることを願っています。そのうち、オーナーの意識が変わって建て替えが進むことも期待しています。

参考資料)生野区での空き家の利活用事例「いくのDEリノベ」
https://www.city.osaka.lg.jp/ikuno/page/0000469325.html

多文化共生に向けた「やさしい日本語」

 生野区では人口が減り続けていますが、微減で保てているのは外国の留学生がたくさん転入しているからです。そのため意外なことに、20歳台の人口が多くなっています。中心となっているのはベトナム、インドネシア、ネパール、ミャンマーなどアジア圏の方々です。ただ、三ヶ月という短いサイクルで人が入れ替わっていた時期もあります。今はやや定着の方向にあって、賃料の安い生野区で住みながら他区の日本語学校に通うといった形で生活する方もいます。そういった状況の背景に、もともと生野区は在日韓国・朝鮮の方たちとの長い多文化共生の歴史を持ち、外国の方々を受け入れる土壌があることが挙げられます。

 私は外国人居住率が非常に高いことは強みであると考えております。大阪が外国の方々に選ばれる街になった際には、生野区がその方々を受け入れる環境を先に作っておきたいと考えています。ただ、言葉の壁があり、防災・防犯の情報、特にコロナウイルスやワクチンの情報などが届きにくい課題がありました。また、生活習慣の違いから近所とのトラブルが生じることもあります。そうした課題に対しては、「やさしい日本語」という取り組みを行っています。外国の方々にも伝わりやすいプレーンな日本語をできるだけ使うというものです。特に高齢者の方と若い外国の人が交流する際に、「やさしい日本語」は自分にもできるボランティアだと喜んで下さっています。対話ができるようになると、それまではよくわからない存在だった外国人を「同じ街に住む人」として親しみが持て、本当の意味での共生が進んでいます。

生野区の未来

 私は生野区のことを、「周回遅れのトップランナー」と呼んでいます。シニア向けのスマホ活用普及やオンデマンドバス・多言語防災マップなどのICTを活かし、課題最先端地域から課題“解決”最先端地域へ。そして、生野区に残る古さと懐かしさは二度と作ることができないと思っています。「懐かしい未来を作る」という言葉は、地域の方々と考えた生野区のキャッチコピーです。生涯現役で暮らせて、職住一体かつご近所で楽しめるアクティビティがある街を目指していきたいと思います。

参考資料)大阪市生野区の魅力を紹介する「いくのぐらし — なつかしい未来をつくる」
https://ikunogurashi.com/index.html

リノベーション長屋の現地視察②(てんぷらー(地域活動団体拠点))

編委:本日ご紹介いただいた色々な施策のアイデアが素晴らしいと思います。それはどのように生まれてくるのでしょうか? また、都市経営やまちづくりにおける区長の役割についてさらに教えていただけますか。

山口長:いろいろですが、トップの役割は重要です。そのために、民間人材であった私が区長に就いたのだと思っています。本来、区長になるには、行政の中で経験を積んだ後、55歳ぐらいで人事異動により就任するというのが通例です。しかし民間人の採用は民間の知見や経験を生かした区政を行うというのが趣旨なので、私がその役割を全うしないと公募制度の意味が無いと思っていました。そのため就任一年目の頃から、「私を単なる行政マンにしないで下さい。」と周囲へ伝えていました。

 私は自分で広報代行会社を経営していたこともあり、ICTやプレスのノウハウやマーケッターとしての感度に強みがあります。また、ロート製薬やリゲッタなどの区内の企業やまちづくり団体の(一社)いくのもり、学校跡地の構想を一緒に作った株式会社セミコロンの方々など民間のパートナーにも、鍛えられてきました。一方で、行政組織の内部調整に関しては区役所や市役所のチームの方々に知恵を絞っていただき、一緒にやっていくことで実際に進めることができました。

編委:教育・多文化共生・空き家対策・まちづくりというのは一見すると異なるトピックのように思えますが、どのような方法で横断的にこうした課題へ取り組まれていますか?

山口長:私が区長であり、かつシティマネージャーとして局に指示を出せるような立場にいるということが関係していると思います。また、いくつかの課題を結びつけて最短コースで解決を目指すという意識や、それを速やかにプレゼン資料へと落とし込むというのが私の特徴です。つまり、わかりやすいストーリーを作るということです。例えば、学校再編による閉校の後、すぐに「みんなの学校」として開くためには今から準備が必要であるとか、一人暮らしの高齢者がコロナ禍で困っているからスマホを普及させて、その上で中高生が使い方を教えに行ったら素敵だと思いませんか?といったストーリーです。最初の経歴が塾の国語教師ということもあり、文章を書くことは得意です。ストーリーを人へわかりやすく伝える能力は、リーダーとして重要なものだと思っています。

編委:密集市街地の整備改善に対して、ハード整備のみに頼らないアプロ―チをしているのが興味深いです。生野区の密集市街地対策に対して、プレイスメイキングという手法に期待していることはありますか?

山口長:まだ実現には至っていませんが、プレイスメイキングとシェアエコの連携には可能性を感じています。プレイスメイキングを用いた密集市街地対策を実現するには、防災空地の制度や解体補助が関係してきます。土地の所有者は遠方に住んでいて、補助金で空き家が解体され空地ができたとします。その空地を地域の人が使える場所としてオーナーが提供し、その土地にキッチンカーを呼んだりテーブルやイスを置いたりして憩いの場とすることで、地域にお金が回るコミュニティビジネスが考えられます。例えば、防災空地をakkipaやスペースマーケットに登録してもらって、机や椅子を区役所が貸し出すようなシェアリングエコノミーの中で活用を進めていくという形です。オーナーが管理しない土地や建物の問題には、常に悩まされています。コミュニティビジネス化することで、乗り越えられないかなと考えています。

山口区長と編集広報委員
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