阿部⼤輔さんに聞く オーバーツーリズムを振り返る

Vol.35
関西支部だより+ 35号(2021年3月版)
特集「コロナ以後の新しいエコシステム」Vol.6

インタビュー記事阿部⼤輔さん(龍谷大学)

日時:2021年1月28日 場所:オンライン
主催:都市計画学会関西支部編集広報委員会
趣旨:コロナ禍によって大きく変化したものの1つに、観光業があります。このコロナ禍は、今後の観光の在り方を、どのように変えつつあるのでしょうか。また、今後、どのような都市計画が必要とされるのでしょうか。これまで、京都を中心として、世界各国のオーバーツーリズムの問題について研究されてきた、龍谷大学の阿部大輔さんに語って頂きました。

オーバーツーリズムについて

阿部:本日は、先日出版した書籍「ポスト・オーバーツーリズム: 界隈を再生する観光戦略」(学芸出版社ページ)の紹介も兼ねて、オーバーツーリズムと都市政策の可能性ついて議論したいと思います。

まず、オーバーツーリズムとは、観光客、地域住民の双方が観光の進展に何らかの不満を抱く様な状況のことです。そして、本質的に注目すべき点は、過度の観光活動により、土地所有権が急速かつ不可逆的に変化してしまうことで、界隈の社会構造に変化が生じて、地域資源への再投資がない消費がなされてしまうことです。それにより、地価の上昇が地域の特質を弱め、生活の質そのものを低下させてしまう「地区の低俗化」が進んでしまう危険性があります。

オーバーツーリズムの問題点

そのオーバーツーリズムの問題点を整理したのが、以下の図になります。

まず、オーバーツーリズムの原因を、遠因と近因に分けて考えます。遠因は、都市政再生の成功があげられます。現在オーバーツーリズムに苦しむ都市の多くは、都市再生に成功したという経緯があります。もう一つの遠因として、観光スタイルの変化があります。具体的に、観光名所を巡る従来のマスツーリズムと異なり、都市そのものを体験するUrban Tourismが定着しました。そして、その先にあるのが近因です。まず、世界的に、所得中間層が増加して、余暇時間も増加しました。また、LCCなどの登場による移動コストの低減や、世界的なビザの緩和が進みました。さらに、暮らすように旅をすることを目指すAirbnbなどが普及したように、観光客が求める体験の質も変化しました。

それにより観光客が増加することで、地域に様々な変化を引き起こします。まず、都市のいたる所で、集中や混雑が発生します。また、若者などを中心として、チープ・ツーリズムが増加して、問題を引き起こします。さらに、観光系産業の増殖は、雇用を生むという点で良い面も指摘されますが、一般的には季節労働者が多く、必ずしも良い環境だけではありません。

このような地域や都市への負荷が、受入れ容量を超えることで、オーバーツーリズムを引き起こします。負の影響として、地価が上昇することで、住民や店舗の追い出しを引き起こします。また、界隈の良さとして認識されてきた社会文化資源を弱体化させてしまいます。すなわち、地域資源への再投資なき場所の消費が起こり、地域・都市の脆弱化を引き起こすのです。それによって、観光ジェントリフィケーションとテーマパーク化が発生するのです。

オーバーツーリズムに対する世界各都市の対応

このような状況に対して、ヨーロッパでは、半観光を掲げた居住環境の改善を求める社会運動が大きな存在感を放っています。オーバーツーリズムの諸問題への対処は、都市によって様々です。ベネチアは、テーマパーク化からの脱却を目指した政策を行っています。また、バルセロナは都市計画として用途を制限することで、観光活動の適正化を試みています。一方、ベルリンは、DMOが中心となり、市民にマイクロツーリズムを推奨して、観光の質を追求しています。アムステルダムは、住民生活優先を明確化した取り組みを行い、総合性の高い政策を行っています。その他の事例も含めて、詳しい内容は、先日出版した拙著「ポスト・オーバーツーリズム」に書いているので、読んで頂ければと思います。

オーバーツーリズムに対する都市計画

最後に、観光の都市デザインは可能か、ということについて議論します。オーバーツーリズムは、現象としては新しいですが、その実態は決して目新しいものではありません。ジェントリフィケーションに似ているところがあります。ジェントリフィケーションは、市場の力により、空間の質そのものは改善していく過程でもあります。例えば京都では、路地奥の再建築不可の町家が保全されています。その一方、都市社会組織(Urban social tissue)の保全が大きな課題です。ジェントリフィケーションは、結果的に地価の高騰を招きかねず、地区の変容を余儀なくする場合に、負の影響として顕在化します。

観光は、グローバル経済の中で都市を支える産業として頼らざるをえない部分もあり、一概に否定されるべきではありません。むしろ、クリエイティブに利用していく必要があります。地域住民は観光と無縁なので、それぞれの利潤の接点を生み出す仕組みが必要です。例えば、ベネチアは、宿泊税を有効に活用しています。そのような利潤の接点をデザインすることは、常に求められます。

そのためには、以下の3つの視点が必要です。まず1点目は、《まちの価値》を上げる観光ビジョンを構築することです。観光市場の特徴は、スピードの速さにあります。単年度で数値的な成果が得やすく、長期的なビジョンの無いまま政策が進むので、観光が《まちの価値》を上げるような構想を練る必要があります。2点目は、フリーライダーを放置しないことです。すなわち、開発利益を地域に還元する仕組みが必要です。3点目は、その一手法としてのBID型プランニングを行うことです。日本では、観光をベースにした地区計画が有り得ると思います。

オーバーツーリズムから分かる日本の都市計画の課題は、用途地域を代表に、「最低限」しか想定していない点です。すなわち、「良いモデル」を発見して、定着する視点が不在です。例えば、京都の事例だと、簡易宿所の規制をするあまり、良い取組みをしているゲストハウスまで規制してしまい、何をしているのか分からない事態になっています。

観光政策に向けた提言

最後に、観光政策に向けた提言を述べます。

まずは、観光政策を位置付け直す必要があります。追い出しが発生する状況下では、観光問題は福祉の問題に関わります。オーバーツーリズムには複雑な要因が関わるので、都市計画や福祉の問題としても観光を捉えて、総合的な政策に位置付ける必要があります。

また、居住環境と観光活動の両立も必要です。今の京都では、立ち過ぎた宿泊施設が廃業しています。そのためにも、宿泊施設の立地規制を行うバルセロナのように、宿泊施設を戦略的にマネジメントすることが必要性です。構想を持たないまま進むと、市場の動向に左右されてしまいます。また、近隣商業の経済を多様化させることも大事です。

最後に、観光の実体を捉えるツールの整備が必要です。バルセロナでは、モニタリングする組織がコンソーシアム形式で立ち上がりました。オーバーツーリズムに限らないですが、市民の要望を反映させる仕組みづくりが必要です。

ディスカッション

編集:阿部さんがオーバーツーリズムの議論に関心を持ったきっかけを教えてください。

阿部:バルセロナでの体験がきっかけです。私が博士論文の研究でバルセロナに滞在していた際、市長が交代したことをきっかけに、地域の観光地化が進みました。すると、お店に入ると英語で話しかけられることが増えたり、警察が増えて治安が改善した一方で、観光客に反発するような掲示物が、街の中で徐々に増え始めました。そんな中で、偶然観光地化への反対運動を目にして、観光地化への反発の広がりに驚きました。そこで、オーバーツーリズムの問題に気がつき、改めて京都を見てみたら、程度の差こそあれ同様の事態が起こっていました。

編集:観光に着目したまちづくりには、良い面も悪い面もあると思います。コロナ禍以前の京都では、具体的にどんな問題が発生していたのですか?

阿部:宿泊施設の急増です。地域住民のための土地が、観光客の宿泊施設へ転じてしまうスピードと、その集積の度合いが、最大の問題です。例えば、京都の六原元学区では、親子連れ世帯に住んでもらうことを念頭に長年にわたり地道にまちづくりを進め、多くの空き家を再生してきたのに、それが容易く宿泊用途に転じてしまう状況がありました。宿泊施設ができることは悪いことではないですが、観光目的の一時滞在が増えることは、街にとっては、あまり良い影響は及ぼしません。宿泊施設が増えるという変化が避けられないならば、その変化をうまく使う仕組みを考える必要があります。

編集:オーバーツーリズムを、都市計画で、どのようにコントロールすればいいのでしょうか。

阿部:オーバーツーリズムが発生した際に大切なのは、地域資源の何を保護するか、あるいは創造的に発展させるか、ということです。その方向で考えないと、アンチツーリズムになってしまいます。それは、誰も得をしません。現在の京都は、データ上では、オーバーツーリズムの危機にある状態だと思います。しかし実際には、これまで市民レベルで目立った反対運動が起こっているわけではなく、市民発意でオーバーツーリズムの問題を考えるのはそう簡単ではないと思います。かといって、このままで街が好転することも期待できません。そこで、先手をうってビジョンを作り、土地利用規制も含めて措置を講じることが、都市計画の本来的な役割だと思います。

編集:コロナ禍は、今後のオーバーツーリズムのあり方に、どのような影響を与えるとお考えですか?

阿部:現在は、事業者は様子見をしていると思いますが、早い事業者は廃業をしています。しかし、京都の街中を歩いていると、こんな時期でも竣工しているホテルや簡易宿所も多く見かけるので、まだまだ宿泊施設は増えていくでしょう。一方、宿泊需要が早急に回復することも考えづらいです。宿泊施設の増加によりできた、人がいない空間をどう使うかを考えて、宿泊施設の経営モデルを変えていく必要があるのではないかと思います。宿泊施設の一時的な利用方法を考えるなど、暫定的なプログラムを実験的に試していくと良いと思います。例えば、時間限定でのオフィスづかいや学生の仮住まいの場所、アーティストのアトリエとして開放するなど、実験的な動きがでてくれば面白くなってくるのではないでしょうか。

編集:そうしたプログラムと普通のお店や喫茶店など、暮らしの場を組み合わせて活用して、暮らしと観光を一体化するシステムを上手くマネジメントする仕組みが必要ですね。

編集:観光都市を目指すのであれば、宿泊のための部屋だけを備えた施設ではなく、宿泊者に対するもてなしのプログラムが必要です。そうしたプログラムを持つ宿泊施設と、そうでない宿泊施設を分けて、総量規制をかけるといったように、宿泊施設の「質」で評価を変えることも考えられます。観光でも、SDGs認証のように、もてなし認証みたいなので税制をかえるとか、有り得るかもしれません。

阿部:それができるといいですよね。その実現には、旅館業法の改正が必要です。

編集:オーバーツーリズムにおける街の変化の中で、不可逆的で取り返しがつかない変化があれば、お聞きしたいです。

阿部:土地の所有権の変化は、不可逆的です。市民も分かってはいるのですが、実際は他人の土地での話なので、なかなか踏み込めずにいるのが現状です。土地の所有権をコントロールするのは簡単ではありません。まずは、土地の所有権が観光の論理によって急激に変化すると街にどういう変化がおきるか、ということ自体を、我々の間で共有する必要があります。

編集:観光に関わらない大勢の市民に、オーバーツーリズムの問題を、自分の問題として意識してもらうには、どうしたら良いと思いますか?

阿部:ベルリンの取組み事例だと、地域住民の観光活動に対する受容性を高める政策の中に、コミュニティツアーという取組みがあります。市内の様々な場所を移動式のスタンドで巡回して、観光の問題などについて地域住民とオープンエアーで対話するものです。こうしたものは、日本でも可能性があります。これは、市民に問題を身近に感じてもらえるし、観光政策のどういったところに市民が賛同していないのかが分かるという点で、良いと思います。このように、市民との対話がヒントなのではないでしょうか。

編集:とても広い視点からお話をお伺いできました。ありがとうございました。

(編集担当:加登遼)

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