『里へ変わる神戸の郊外団地と都市経営』

Vol.36
関西支部だより+ 36号(2022年2月版)
特集「都市経営とまちづくり」No.4

山田大輔(神戸市企画調整局副局長)

■はじめに

 本論考の執筆依頼を受けた際に頂いたキーワードは「里」と「都市経営」であった。私は神戸市に身を置いて3年も経たないが、たしかに神戸は港町のイメージとは裏腹にその背後に拡がる雄大な森林や田園など豊かな自然環境や里山の魅力を大いに感じる。しかし、私が里と聞いて最初に頭に浮かんだ風景は郊外に計画的に開発された住宅団地である。人口増加の受け皿として大量供給されたこれらの多くは40年を経過し、開発時の入居者には子、孫が生まれ、かつてのベッドタウンの機能は今“ふるさと”の役割を担い始めている。
 もう一つのキーワードである都市経営。神戸という都市は地理的条件の制約が大きいため、高度経済成長期には市自身がデベロッパーとなり、山を切り出して海を埋め立てる官主導の開発手法で内陸部には住宅団地や産業団地、沿岸部には港湾・工業用地や人工島を拡張し、かつては都市経営のトップランナーとして脚光を浴びてきた。しかし、ハード偏重型の開発主義は終焉を迎え、今後は都市に存するストックや人、モノ、情報、環境などのあらゆる地域資源を最大限生かし、地の利、歴史、人の営みに着目したまちの編集が随所で求められている。
 以上のことから、本稿では主要な都市ストックである郊外の住宅団地に焦点をあてながら神戸がこれから目指す都市政策の方向性や都市経営に必要な視点を論考する。

■神戸の現在と目指す都市像

 神戸の都市政策は都市構造の変遷に大きく関係する。急峻な六甲山系が聳える地形特性から明治・大正時代に平坦な海側に国鉄、阪神、山陽、阪急の鉄道が敷かれ、昭和初期には有馬地域への観光や山側から中心部への移動手段として神戸電鉄の路線が開通された。その結果、人口は海側の沿線を中心に集中し、人口増加時代には西神部のニュータウン開発と併せ市営地下鉄を開通し、地下鉄や神戸電鉄沿線に住宅団地を整備してきた。(図1・2・3・4) 

図1:市内の鉄道路線
図2:人口集中地区(1960年)
図2:人口集中地区(1980年)
図4:人口集中地区(2010年)


 線引き制度を厳格に運用し、市街化区域は市域の4割以下と計画的な開発と自然環境の保全を図りながら鉄道の発展と共に市街地を形成してきた都市であるが、近年は少子高齢化や都心回帰の居住志向が進み、郊外の住宅団地が立地する市域西北部の人口減少が顕著になっている。また、市全体でも年間5000人程度の人口が減り続けており、市の財政基盤としても税収の減少、経常的経費割合の増、将来世代への負担の増加などへの懸念が大きくなっている。
 このような状況やwithコロナ社会を見据え、これからの神戸は極めて狭いエリアに人口を集中させる「高密度至上主義」による価値観から脱却し、神戸特有の都心と郊外の近接性やこれまで投資してきた既存ストック、恵まれた自然の魅力を最大限活かしながら、心地よく健やかで豊かな暮らしを実現できる都市へと舵を切り始めた。
 三宮を中心とする都心では、特別用途地区によりタワーマンションに象徴されるような大規模な分譲住宅の林立を抑制し、神戸都市圏の中心地として必要な商業や業務機能について税優遇を図り誘導していくこととしている。また、三宮駅とまちが結節する一等地では、自動車交通の流入を減少させ官民連携により人が主役となる居心地の良い空間「クロススクエア」を整備していく。(図5・6)

図5:特別用途地区の導入
図6:三宮クロススクエアの整備イメージ

参考資料)三宮クロススクエア
https://kobevision.jp/projects/crosssquare/

 そして、鉄道を軸とした公共交通至便な都市構造の利点を生かし、地域拠点となる主要な駅周辺で機能性を高めるリノベーションを進めるとともに、沿線に拡がる住宅団地ではインフラの優位性を生かし、既存ストックの活用や柔軟な土地利用により良好な住環境を維持していく。このように、都心居住への過度な偏重を是正しながら都市全体としてバランスの取れたまちづくりを進めていくため、令和2年6月には、都心と北区の玄関口である谷上駅を結ぶ北神急行電鉄北神線を市営化し、市営地下鉄との一体運行による大幅な運賃の値下げを実現させ、郊外のポテンシャルの向上を推進している。(図7) 

図7:郊外へとつながる北神急行線の市営化

参考資料)リノベーション・神戸
https://www.city.kobe.lg.jp/a74227/kurashi/rinobe_kobe2.html

北神急行線の市営化
https://www.city.kobe.lg.jp/a89954/kurashi/access/kotsukyoku/kotsu/hokushinkyuukou.html

 併せて、市街化調整区域の六甲山や田園では無秩序な開発は防止しながら、大胆な規制緩和により美しい自然のなかでクリエィティブな発想を促す働き方、多地点居住や里山暮らしなど多様なライフスタイルを実現できる環境を整えていく。翻って都市部では、空き家・空き地など都市のスポンジ化が進行する地域でコミュニティーガーデンや市民菜園への転用を積極的に図るなど、緑や農をまちの日常に溶け込ませるとともに、ローカル産業の創出を促進し、その恩恵を都市部と農村部で享受できる関係性を構築することで地産地消や経済循環を進めていく。
 このように、今後の神戸の都市政策は共通する理念の基に、都心、旧市街地、地域拠点、郊外、農山村地域の施策が連動していく。そして、このサイクルを好循環させる鍵は郊外の住宅団地の再生である。(図8)

図8:今後の神戸の都市政策

■郊外の住宅団地の再生に向けた取り組み

 神戸には市域西北部を中心に10ha以上、計画人口1000人以上として開発された団地が64にのぼり、神戸市の総人口の1/3(約50万人)の市民が居住しているが、6割以上の団地が入居から40年以上経過し、居住者の高齢化や相続を契機とした空き家などの発生が懸念されている。(図9)

図9:市内の計画的開発団地


 一方で、住宅団地は道路や公園などのインフラが充実し、都心からのアクセスも30分圏内と利便性も高く、周辺は自然に恵まれるなど、コロナ禍で価値が再認識されたゆとりある暮らしを実現できる場として可能性を感じる。そして、団塊世代から団塊ジュニア世代への移行や、団地内での開発・入居時期に多少の差が生じてきたことで小学校区単位、町丁目単位では人口ピラミッドにおける世代別の凸凹に適度なバラつきもあり、多世代の交流や互助・共助が期待できる兆しも見え始めている。
 しかし、いくら環境が良くても暮らしが充実したものでなければ、人は定着しないし営みも生まれない。そのためには生活を構成する、働く、動く、住む、食べる、買う、遊ぶ、憩う、耕す、語らう、、、などのあらゆる動作シーンを日常レベルで身近に体現できる小さい経済圏・生活圏を築くことが重要ではないか。そのための取組みの一例として、神戸の住宅団地内で実施したキッチンカー等の提供実験を紹介したい。コロナ禍の緊急事態宣言時に、市内飲食店とスーパー・コンビニなどから遠い住宅団地の買い物難民を支援する目的で始めたものであるが、住宅団地内の柔軟な土地利用への展開を探る目的もあり、神戸市都市計画課が企画立案した。多くの住宅団地ではセンターゾーンに商業店舗などが立地し、それ以外は良好な居住環境の保護を目的に用途地域や地区計画などの都市計画、まちづくり協定・建築協定などの地域ルールにより住居地域の専用性を高める用途純化型の土地利用が進められてきた。しかし、暮らしの質を高めていくためには用途規制を一部緩和しながら空き家などの遊休資産を住機能以外に転用していくことも必要である。そして、利便性や持続性を考えれば、固定型の店舗や建物に拘るのではなく可動性・流動性が高いモビリティサービスを新たな都市インフラと捉え、都市内のスペースを有効活用することも重要である。本実験はサービスを受ける地域と提供する事業者の双方のニーズを把握するものであったが、結果として地域からは継続希望の声があがり、事業者も売上が見込めると確認できたため、複数の団地で翌年度から神戸市の支援を介さず地域と事業者が協力し、自立運営による事業展開へ至った。(図10)

図10:住宅団地でのキッチンカーの提供実験

参考資料)住宅団地での地域住民と事業者によるキッチンカー運営
https://www.city.kobe.lg.jp/a84931/shise/kekaku/jutakutoshikyoku/danchi-renovation/r3kitchencar.html

 また、住宅団地の再生には地域の愛着やソーシャルキャピタルの醸成は不可欠であり、地域が公共的な役割やプレーヤーとしての職能を発揮できる仕掛けも必要と考える。例えば、神戸市は令和2年度に空き家の市場流通・活用を促進するため「空き家おこし協力隊」という制度を創設した。これは信頼を得て活動されている個人や団体に、空き家所有者が抱える課題解決から市場流通までをコーディネートしてもらう制度である。住宅団地の自治会やNPOなどに任務を担ってもらい、行政は成功報酬としての対価を支払う。自治会やNPOは得られた収入を他の活動へ繋げていくことで好循環を生み出していく。

参考資料)空き家おこし協力隊(モデル事業)~地域に眠る資源を活用へ~が始まります!
https://www.city.kobe.lg.jp/a05822/20200114akiyaokoshi.html

参考資料)モデル団地での取組事例
https://www.city.kobe.lg.jp/a84931/shise/kekaku/jutakutoshikyoku/danchi-renovation/model-danchi.html

 様々な立場での関わりシロを設けることも大切である。住宅団地が多く位置する神戸電鉄沿線では神戸市と神戸電鉄が事業連携協定を締結し、沿線や駅前でのリノベーションプロジェクトを進めているが、その一つの「#駅活~Challenge~」の仕組みを紹介したい。神戸電鉄の駅や駅周辺の空きスペースを開放して活性化に繋がる事業アイデアや実施者を募るものであるが、事業者としてだけではなく、応援者として参加できる仕組みも設けている。(図11)

図11:#駅活~Challenge~の仕組み


 このように、行政、事業者、住民の立場を明確に区分するのではなく、それぞれの領域や職能を場合によって補い、担い、支え合う関係を構築しながら、営みを生み出し、暮らしの充実を図ることが、これからの都市経営に必要ではないかと感じる。

参考資料)神鉄沿線モヨウガエ(愛称:KOBE3 こうべきゅーぶ)
https://www.kobe-cube.jp/

■おわりに

 人口減少、超高齢化社会、脱工業化、テクノロジー進化、阪神・淡路大震災、新型コロナの脅威、と社会経済情勢が大きく変わるなか、神戸の都市経営は転換期を迎えている。私は、都市経営とは資源の流出減少・流入増加・循環促進を図り、QOL、経済、安全、環境などの市民利益を持続的に創出していくことではないかと考えている。しかし、技術の進展が情報やモノ・コトへのアプローチを容易にさせ、選択肢を拡げ、価値観や欲求、ライフスタイルの多様化が進む時代では、求められる市民利益を正確に把握することは困難になりつつある。都市の機能更新や発展に寄与する開発やハード整備はもちろん今後も一定必要と考えるが、不可逆的な手法ではなく柔軟性や変容性を持たせることが重要ではないか。そして、どの地、どの時代にも変わることなく何らかの暮らしが存在するのであれば、都市経営を司る私たち行政は、人々の営みを第一に捉え、手探りにでも市民利益の把握・追求に努力を惜しまないことがこれまで以上に必要と感じている。事例として紹介したキッチンカー実験や空き家おこし協力隊、駅活~Challenge~も正攻法なのか否かも、今後うまく稼働できるかも正直分からない。しかし、不確実性が高い時代にはトライ&エラーを繰り返しながら、小さくても手探りに進めていくことが最善策でもあり、試行錯誤しながら進めているものである。

 最後に、この論考は、偶然にも阪神・淡路大震災から27年を迎える日に書いている。災害復旧債の返済に要した期間、神戸は大胆な投資はできずに周辺都市に後れを取ったかもしれない。しかし、この時間をタイムロスではなく新時代への助走期間と前向きに捉え、神戸に暮らす人々の都市への渇望と溜め込んだエネルギーが未来の神戸の発展に注がれるよう都市政策に携わっていきたい。

プロフィール

山田 大輔(やまだ だいすけ)

1982年長野市生まれ。国土交通省土木技官。港湾・道路・河川事務所の現場実務を経て、三菱地所株式会社(出向)でTOKYOTORCHプロジェクトを担当。以後、東北地整都市・住宅整備課長、都市局都市計画課課長補佐としてコンパクトシティ政策を推進。
2019年より神戸市に出向し、企画調整局副局長として庁内横断的に政策の企画立案を担当。
都市課題の解決に向けて自ら実践することをモットーに、モバイルハウスによる多地点居住、空き地リノベーション、地域貢献×テントサウナ活動などを展開。

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