水害リスクと都市計画~より安全なまちづくりにおける自治体の役割~

Vol.36
関西支部だより+ 36号(2022年2月版) 

馬場美智子(兵庫県立大学大学院減災復興政策研究科)

1.水害対策としての都市計画

 近年、毎年のように発生する深刻な水害により、さらなる治水や水害対策が求められている。国土強靭化の下、全国で河川整備が行われている事に加え、ダムの建設に関する議論も活発になってきた。しかしながら、ハード整備中心の治水対策では、かかる費用と時間を考えると、将来の気候変動の影響で高まる水害リスクに対処することは困難であり、そもそも水害リスクをゼロにすることは不可能と考えざるをえない。ハード整備後も残るリスクを、ソフト対策なども併用しながら軽減するといったアプローチを本格化する時期にきており、水害対策とはあまり縁のなかった都市計画まで総動員して、水害対策を推進していく必要があることへの認識が高まってきた。その一つが、水害リスクに応じて、開発を規制しようとするものである。

 ここで、水害リスクを考慮した開発規制について定義しておく。開発規制は、水害リスクが高い場所での開発を禁止することのみを意味するのではない。水害リスクに応じて、土地利用の用途を限定したり、建築物の耐水化を求めたり、必要な対策を講じる事を開発者に求め、リスクを軽減した開発を可能としようとするものである。それが出来ない場合は、リスクが高い開発を禁止することもありうる。

 これまで、災害対策として都市計画の活用が進まなかった理由として、私権の制約につながること、地価を下げること、地域の発展を妨げること等があった。都市計画は自治体によって運用されることから、住民と近い自治体が災害リスクを考慮して厳格に土地利用や建築を規制することは容易ではない。これまでも、都市計画制度を積極的に運用すれば、災害リスクを考慮した土地利用・建築規制はある程度可能ではあったが、より強い強制力がなければ自治体の積極的な規制は期待出来ない。実効性を高めるための法的な根拠が必要だった。

2.流域治水の取組

 流域の特性に応じてハードとソフト対策を総合的に講じていこうとする総合治水対策の枠組み(河川改修、流域対策、被害軽減対策)が示されて久しいが、実際にはハード整備が中心で、ソフト対策、特に都市計画的な手法が一体的に検討されるには至らなかった。総合治水対策の体系・施策の中に、「市街化区域及び市街化調整区域の決定の際の配慮」が含まれていたが、ほとんど運用実態はなかった。そこで、「特定都市河川浸水被害対策法等の一部を改正する法律(流域治水関連法)」の一部を改正する法律が2021年度に施行され、本格的に流域治水対策が推進されることになった。対象河川は、全国の1級2級河川に、市街化の進展により河川整備では被害防止で困難な河川を加え、さらに自然的条件により被害防止が困難な河川が追加された(109河川)。本法改正では、被害を軽減させるための対策として、流域水害対策計画が策定され、まちづくりや住まい方に関する対策が盛り込まれた。例えば、「浸水被害防止区域」を指定した区域において、土地の形質の変更を伴う開発及び住宅(自己用を除く)や要配慮者施設等の建築行為を許可制にすることや、地区計画のメニューに居室の床面の高さや敷地の嵩上げ等のメニューを追加することが規定された。開発許可の基準(建築基準法施行令)は、居室床面が浸水深以上であり、建築物が倒壊等しない安全な構造を有する事である。さらに、浸水被害防止区域に指定された区域は、安全な土地への移転推進として、防災集団移転促進事業の対象となる(最小移転戸数は5戸)。

 このような法的枠組みが作られたことは大きな一歩であり、その効果は大いに期待できる。しかしながら、まちづくりや住まい方に関する方策によってリスク軽減効果が生じるかどうかは、住民に近い自治体がどのように法を運用するかに大いにかかっている。というのは、浸水被害防止区域を指定して、許可の判断をするのは都道府県の役割になるからである。流域治水関連法が、都道府県の開発規制の実効性に効果を発揮するかどうかは、今後見守りたい。

3.都市計画法の改正:水害リスクを考慮した開発規制

 流域治水関連法では、対象河川流域においてハード・ソフトが一体となった流域治水プロジェクトが実施されることにより、大きな治水効果を発揮することが期待される。他方で、プロジェクトがカバーしない水害リスクが高い場所は漏れ落ちてしまう。水害リスクが高く、開発を抑制すべき土地においては、都市計画制度を全国的に網がけしていく必要がある。そこで、水害リスクを軽減する方策としての都市計画の機能を強化し、災害ハザードエリアにおける開発抑制と立地適正化計画における防災の主流化を目的として、2020年に都市計画用及び都市再生特別措置法等が改正された。主な開発規制の内容は以下の通りである。

<災害レッドゾーン>
-都市計画区域全域で、住宅等(自己居住用を除く)に加え、自己の業務用施設(店舗、病院、社会福祉施設、旅館・ホテル、工場等)の開発を原則禁止
<災害イエローゾーン>
-市街化調整区域における住宅等の開発許可を厳格化(安全上及び避難上の対策を許可の条件とする)

 開発規制の内容を見ると、都市計画区域内では水害レッドゾーンに指定された区域において、自己居住用以外の住宅、業務用施設が原則開発禁止となる。水害リスクが高い土地が災害レッドゾーンとなっているかは、災害危険区域に指定されていなければ、開発許可を原則禁止の対象とはならない。また、業者による戸建て住宅や集合住宅に関わる開発・建設は規制対象となるが、自己居住の住宅においては規制が及ばないことから、個々の住民が水害対策を講じることで被害軽減に努める必要がある。

 災害イエローゾーンでは、市街化調整区域内における住宅等の開発許可が厳格化される。許可基準や条件については、技術的助言(国都計第176号)において、想定最大規模降雨に基づく想定浸水深3.0m以上(想定浸水深の閾値が3.0mを用いられていない場合は2.0m以上)という目安が示されている(地域防災計画で計画規模降雨に基づく想定浸水深を想定している場合は、想定最大規模に変更されるまでは計画規模を許容)。技術的助言を反映した開発許可基準による運用が自治体で行われれば、調整区域内の水害リスクが高い土地での開発規制に大きな効果が期待できる。

4.水害リスクとまちづくりにおける自治体の役割

 これらの法改正により、自治体が水害リスクの高い土地で開発規制を行うための根拠が整えられたが、その効果は自治体の運用次第とも言える。まずそもそも、水害リスクが高い土地が災害危険区域(水害レッドゾーン)に指定されていなければ、市街化調整区域以外では規制対象とはならない。出水、氾濫を理由とした災害危険区域の指定はほとんど進んでいないことから容易ではないことが想像できる。また、市街化調整区域の水害リスクが高い土地における開発に対して、自治体が開発許可制度をどの程度厳しく運用できるかも重要なポイントである。

 このような水害リスクに基づいた開発規制を行ってきた自治体は多くない。滋賀県の流域治水条例など非常に限定的である1),2)。流域治水関連法の運用については都道府県の役割が大きく、都市計画法34条による水害リスクに基づく開発規制については、都道府県及び開発許可の事務処理市の役割が大きい。その運用において、許可または不許可のどちらか、といった判断をしようとすると、厳格な運用には自治体は及び腰になるかもしれない。開発許可等に附する条件(都市計画法79条)をうまく活用することで、より安全な開発へと誘導していくアプローチが求められるであろう。例えば、英国などで見られる開発許可の判断における自治体裁量と条件付き許可の発出では、水害被害を軽減する対策をとることを条件として開発が許可されるケースが多くある3)

 最後に、住宅の耐水化と地区計画の活用について述べたい。都市計画制度を通じて、水害リスクが高い土地での開発を規制する仕組みは必要である。しかしながら、それですべてを解決することは不可能である。その一方で、個々の住宅や建物の耐水化を進め、最低限の耐水性を有する建て方を基準化していくといったアプローチも重要である。例えば建築基準法で求められる基礎高30㎝以上について、水害リスクが高い土地で建てる場合は+α(20㎝~)を求めるということも考えられる。それで完全に被害を少なくすることは出来ないが、床上浸水が避けられたり、浸水した場合でも床下の泥かきが容易で復旧が早いなどの減災効果がある。地区計画において、このような住宅の耐水化を位置づけることが出来れば、より安全な住まい方とまちづくりの推進ツールとなりうる。地域や住民にこのような仕組みを働きかけていくのも自治体の役割の一つである。

【参考文献】

1) 馬場・岡井(2017)日仏の水害対策のための土地利用・建築規制:滋賀県の流域治水条例とフランスのPPRNを事例として、都市計画論文集、Vol.52(3)、pp.610-616

2) 馬場・岡井(2021)水害対策としての開発規制に関する都道府県条例等に関する研究、都市計画論文集、Vol.56(3)、pp.1481-1487

3) 吉田・古本・馬場(2010)イギリスにおける水害土地利用規制・誘導と関連諸制度に関する研究、都市計画論文集、Vol.45(1)、pp.63-71

プロフィール

馬場 美智子(ばば みちこ)

立命館大学大学院理工学研究科にて博士号を取得後、防災科学技術研究所、国土交通省国土交通政策研究所などで研究員として従事した後、2011年より兵庫県立大学防災教育研究センター准教授、2017年同大学大学院減災復興政策研究科准教授、2020年同研究科教授。専門は都市・地域マネジメント、土地利用計画、土地利用規制、住宅再建、減災まちづくり。

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