公民連携まちづくり最前線
関西支部だより+ 36号(2022年8月版) 特集「都市経営とまちづくり」No.7
インタビュー記事 猪飼 隆介さん(枚方信用金庫 業務部)
日時:2022年3月8日 場所:オンライン
主催:都市計画学会関西支部編集広報委員会
趣旨:今回の特集企画「公民連携まちづくり最前線」では、大阪府北河内地域に営業基盤を持つ枚方信用金庫の猪飼隆介さんに、地域の課題や大東市の「morineki プロジェクト」との出会い、信用金庫としてのまちづくりの関わり方などについてお話を伺いました。
1.はじめに
猪飼氏:枚方信用金庫は、大阪の枚方市、寝屋川市、交野市、守口市、門真市、大東市、四條畷市の7市を営業基盤とした信用金庫でして、信用金庫の規模としては中間ぐらいです。当庫の特徴としては、創業して70年経つのですが、当初から営業エリアを増やさず、北河内7市を営業エリアとしてやってきました。北河内7市は1950年代から大阪市内や京都市内に通勤する方のベッドタウンとして住宅開発が進み、街が形成されてきました。近年は、空き家の増加や住宅の老朽化が進み地域課題となっています。
この状況を背景として、当庫は、まちづくりの今後のあり方や、信用金庫としてまちづくりへの関わり方を模索しており、経営課題と認識しています。そのため、平成28年頃から当庫の吉野理事長が北河内7市の各市長とお話をして、将来のまちづくりを一緒に考えていこうという地方創生の取組を推進してきました。この取組をきっかけとして、大東市と当庫で地域経済の活性化及び人口減少における地域の持続的発展を目指し、相互の人的、物的資源を共有、活用し、様々な分野で連携・協力を図るため、 包括連携協定を結ばせていただいています。加えて、当庫は、エリア内の空き家を減らし、住み続けられる良い街を目指すために、近居住み替え促進事業「巡リズム®」の取組を北河内7市と一緒に行っています。
しかし、空き家に関する事業を行っていく中で、所有者が見つからない、利権関係で揉めている事例が見られました。そのため、空き家問題への効果的なアプローチは、住宅が空き家になる前の段階で手を打つことにあると考えるようになりました。
2.「morineki」プロジェクトにおける信用金庫の役割
このような取り組みの中で、今回の「morineki」の構想と出会いました。今でこそPFIとしてこのようなスキームは普及しているのですか、当時は、銀行が市営住宅建設に対して融資を行うという発想がなかったので非常に新鮮でした。また、まちづくりの今後の在り方に課題意識を持っていた当庫にとって、本プロジェクトのビジョンやデザインは社会貢献性が高く、良いプロジェクトだと認識していました。
一方で、先行事例がないため、本当にこのような構想が実現するのかと言うところは全く不透明な状態でした。それは、他の金融機関さんも同様で、プロジェクトの構想段階で、大東市に支店や本店を置いている20以上の金融機関に向けて、入江さんから、「morineki」のビジョンをプレゼンする金融機関向け説明会がなされたのですが、各金融機関の反応はいまいちでした。その原因として、返済計画、設備資金の見積、金利設定などにより、リスクの判断が難しい事がありました。また、後日、私が、当庫の融資部門に本プロジェクトの相談をしたところ、反応は厳しく融資担当者からは事業計画や、事業のステークホルダーの整理を具体的にしないと融資は難しいと伝えられました。また、もう1点、アドバイスとして、金融のプロとして一緒に事業計画を作るのがよいのではないかと伝えられました。
今回のプロジェクトは全国初の取組です。つまり、今まで信用金庫の職員として様々な事業の資金繰りや事業計画書を見てきたノウハウを活かして、事業者と共に事業を計画する。そして、まちづくりにおける枚方信用金庫の役割を担うのがよいのではないかということです。そして、このアドバイスを受けて、まちづくり会社の入江さん、東心さん、大東市さん、テナントさん等とご相談させていただき、少しずつ計画が具体化されていきました。
計画の段階で2つ印象に残っていることがあります。
1つは、計画の途中で、設計費用を振り込まなければならないということで入江さんから融資をしてほしいと頼まれました。通常であれば事業計画の詰めが甘い段階で融資をすることは、少額の融資でも、まずないことなのですが、この事例では融資を承認して頂くことができました。これは、近い距離感で、一緒にプロジェクトを進めさせていただくことで、事業者や担当者の顔が見える状態でお付き合いさせていただいていたこと、また全体の計画やプロジェクト参画者の想いを当庫の吉野理事長、理事の方々、融資の部門の方にご理解していただいた事が大きかったと思います。
もう1つは,一時、建築資材が高騰したことによって建築資金が大幅に増加し、事業計画が合わない事態に陥ったことがありました。また、本プロジェクトの融資金額は、当庫の融資の中でも大きいということもあり、リスクが高いということで審査が通らなくなってしまいました。しかし、我々はこのプロジェクトに長く関わってきたので、もう一度、入江さんと共に事業計画を練り直しました。事業計画を練り直す中で、当金庫は大東市さんにも新たな投資の働きかけを行いました。大東市さんが予算を捻出できるかどうかは市議会の判断によるため、信用金庫の審査だけでなく、自治体と協同するには当然ですが、市議会の判断も関わることにより融資の可否に大きく関わるというリスクがありました。そのため、事業計画書を作成する中で、当庫内にも当庫外にも気を使う必要があったので、その辺が当庫としても個人的にも非常に難しいと感じたところでした。
結果として、大東市さんにより多くの資金を投入してもらう形で当庫のリスクを許容可能なレベルまで持っていく事ができ、当庫の審査から承認をして頂くことができました。この一連の流れにおいて、必要最低限の公的資金で、公的事業を民間事業に落とし込むために、金融のプロである信用金庫職員が直接、自治体と交渉することが重要だと感じました。つまり、信用金庫が自治体と直接交渉する新たな役割を担うことが、公民連携で事業を進めていく上で重要なポイントだと思いました。
完成後、何度か現地に訪問しているのですが、だいぶ雰囲気が変わりました。
まず、JR学研都市線四条畷駅付近にある短大の短大生が「morineki」を歩くようになり、近くの小学校が集まって遊ぶようになっていました。北欧レストラン、パン、衣服店の方も賑わいがあり流行っています。街の賑わいを見ていると、この「morineki」プロジェクトに最初から最後まで関わることができたこと、入江さんをはじめ皆様との夢の共有ができたことが私の財産になっています。当庫の職員にも1度行ってくださいと勧めて行ってもらったのですが、今まで本プロジェクトの融資にリスクが多いと感じていた方々を含めて、非常に好印象でした。
本プロジェクトによって、地域内外から人が集まる拠点ができ、また、その周辺に収益物件が多く立ち並び、それにより周辺の価値が上がっていくことが期待されます。そのため、長期的な目線で見ると、金融機関としては良い融資ができたのではないかと思っています。つまり、短期的な利益だけを追ってしまうとどこかで潰れてしまうことがありますが、本プロジェクトは短期的な利益を追求せず、日本全国の共通課題である人口減少や街のにぎわいにアプローチしています。将来の街の在り方を考えた投資をするという長期的な視点は、将来の金融機関にとって非常に重要な視点になってくると思います。
3.質疑応答
編委:先の話でもありました通り、本プロジェクトの構想段階では、20以上の金融機関が融資をできないと判断したと思いますが、なぜ枚方信用金庫さんは、粘り強く対応して下さったのでしょうか。
猪飼氏:まず前提として、最初に入江さんからこの構想を聞いたときに、私は、本プロジェクトを直感的にいいなと思っていました。当庫が本プロジェクトに粘り強く対応した理由が2つあると思います。
1つ目はプロジェクトの構想を見たとき、市はどのようなことをしたいのかというのがある程度明確に分かったためです。先にも述べた通り、当庫は、大東市さんと包括連携協定を結ばせていただいておりまして、市の方々と接点があります。そのため、入江さんに見せてもらった資料を通して市の方々が実際に何を目的にこのプロジェクトを進めたいのかということがある程度分かりました。
2つ目は、入江さんのこのプロジェクトにかける強い想いが伝わってきたためです。最初に入江さんとお会いしたときプロジェクトの構想はもちろん、本プロジェクトに至るまでの入江さんの経緯や市にこの構想を提案していることを説明してもらいました。そこで、入江さんがプロジェクトにかける想いが伝わってきて、それがプロジェクトの構想の説得力を高めていきました。
編委:先の話でもありました通り、「morineki」の周辺で人々の行動が変容してきたと思いますが、この影響受けて、間接的に周辺にお店が増え、またリノベーションの物件が増えるという波及効果は起こっているのでしょうか。
猪飼氏:「morineki」の周辺で1件、本プロジェクトによって周辺環境が整備されたことを受けて、事務所をリノベーションしたいという話も聞いています。また、「morineki」周辺に出店をしてみたいという事業者の話もありました。今後、このエリアを再開発していく上で、地域価値向上のため景観やデザインなどに配慮した出店の計画をしていく必要があると思っています。そのため、金融機関も共に事業計画を考えていく際、どのような外観が望ましいか、またどのような部材を使うとよいかなど、景観に配慮した事業計画をお勧めするような新たな役割を担っていく必要があるのかなと思っています。
編委:信用金庫さんの中で、プロジェクトファイナンスにおける、融資のルールを整備されているのでしょうか。
猪飼氏:確かにメガバンクさんはそのような整備をされているところがあると思います。しかし、当庫は規模が小さいので、そのようなプロジェクトファイル専用のきめ細かいルールを整備していません。
当庫はイレギュラーな案件は、全てオーダーメイドでやっています。そのため、プロジェクト全体としてリスクが許容の範囲内であるかを決定することができます。
例えばあるプロジェクトにおける、一部のリスクが高いとしても、別の部分でそのリスクを補完するようなものがあるとすれば、プロジェクト全体としてリスクを許容可能な範囲内であると認識することがあります。またはリスクが高いと判断された事業であっても、そこの事業者の方と長年お付き合いさせていただき、事業性評価ができている条件等があれば、リスクの許容可能な範囲を拡げることもあり、その辺は柔軟に対応ができると思っています。
編委:市の出資は投資対象として魅力的なものにするというよりは、事業を成り立たせる最低限の出資というような意味合いが強いのかなと思いますが、出資や融資比率の考え方をお教え願いたいと思います。
猪飼氏:大東市さんと当庫の出資比率に関しては、まず当庫がここまでの金額を出せますということを大東市さんに提示して、不足分を大東市さんから出資していただくというような決め方になりました。
編委:SPCを新たに設立しようと思うと、通常、弁護士などにコンサルティングをしてもらう必要があると思います。そのため、SPCの設立コストが固定費的にかかってしまいます。一方で、本プロジェクトは小規模なため、そこの固定費が大きく効いてきてしまうと思いますが、そのコストを削減するために、どなたが意欲的に汗をかかれて、働きかけを行われていたのでしょうか。
猪飼氏:SPCを設立する上で中心となっていた方は入江さんではないかと思っています。入江さんが主体的に働きかけを行うことで、本来は手数料が発生する業務に関して手数料を発生させずに、低コストでSPCを設立することができました。ステークホルダーの信頼関係があったため、自前の工夫でSPCを設立できました。信頼関係の構築のため、プレイヤーの顔が見えることは重要だと思います。
編委:コンセプトを重視したテナント選定をされていることから、恐らく賃料重視でテナント選定をされる他の物件よりも、経済的なパフォーマンスは低いのではないかと思っています。この状況の中で、テナント利用者を募集する際、賃料の設定に何か工夫があれば教えていただきたいです。
猪飼氏:賃料はテナントに入居してくださる事業者の方と相談して、事業者の方々が払える上限の金額にて賃料を設定させていただいております。
編委:最後に、このプロジェクトを経験された金融機関の方として、今後このようなプロジェクトやファンド設立をされる方々に向けて、金融機関としてどのような立ち回りや役割を意識するのが重要なポイントだと思われますか。
猪飼氏:融資を受けたい事業者さんに寄り添うこと、事業者の方の夢を共有する事が重要だと思います。具体的には2点、重要なポイントがあると思っています。1点目は、金融機関の担当者が、事業者さんの持ってこられた事業の構想や事業計画書をしっかり理解することです。2点目は、事業者さんと共に事業計画を作成していくことが重要だと思います。事業者さんと共に事業計画を作成していく中で、事業者さんが持っている人脈や事業計画の詳細な項目の理解をすることができ、融資の際により具体的な提案をすることができるようになります。
プロフィール
猪飼 隆介(いかい りゅうすけ)
2016~ 地方創生推進部 本部の立場から「morinekiプロジェクト」に携わる
2019~ 四条畷支店 営業店の立場から「morinekiプロジェクト」に携わる
2020~ 業務部 本部の立場から「morinekiプロジェクト」に携わる
2021~ 地方創生推進部 本部の立場から「morinekiプロジェクト」に携わる