エイジング・イン・プレイス―泉北ほっとけないネットワーク

2020年3月号

大阪市立大学・森一彦

団塊の世代が75歳以上となる2025年を目途に、重度な要介護状態となっても住み慣れた地域で自分らしい暮らしを人生の最後まで続けること「エイジング・イン・プレイス」1)ができるよう、住まい、 医療、介護、生活支援・介護予防が一体的に提供される「地域包括ケアシステム」の構築に向けた動きが市町村を中心に加速している。地域の資源を生かして「自助」「共助」「民助」「公助」2)が連携する仕組みの再構築が求められている。

エイジング・イン・プレイスと住み替え

エイジング・イン・プレイスの意味するものは何か。厚労省の調査3)から「すみ慣れた住まいや地域に最後まで住み続けたい」72.2%と高く、多くの高齢者がエイジング・イン・プレイスを望んでいる。理由は「住み慣れているから」が約9割を占めている一方で、81.7%が老後に一人暮らしをすることになった場合に不安で、特に73.6%が健康上の問題、60.9%経済上の問題をあげている。実際には、多くの高齢者(3,390万人(26.7%)2015統計)は自立して生活ができることから、独り住まいや、要介護、認知症など様々な助けの必要になった時に適切がサービスやスペースがあることがエイジング・イン・プレイスの条件となる。

高齢者の意識をみると、「どこでどのような介護を受けたいか」では、「家族に依存せずに生活ができるような介護サービスがあれば自宅で介護を受けたい」が最も高く37.4%、「自宅で家族中心に介護を受けたい」18.6%、「自宅で家族の介護と外部の介護サービスを組み合わせて介護を受けたい」17.5%となっている。「高齢期に希望する場所で暮らすために必要なこと」には、「医療機関が身近にあること」54.3%。「介護保険のサービスが利用できること」38.2%、「買い物をする店が近くにあること」34.0%、「交通の便がよいこと」30.1%と続いている。

では、どの程度の人が助けを必要としているか。想定される高齢者として、高齢者夫婦(1,495万人(11.7%)や独居高齢者(624万人(4.9%))、要介護高齢者(608万人(4.8%))、認知症高齢者(525万人(4.1%)推計値)があり、重なりを考慮すると住民の約1割であることがわかる。加えて、自宅からの住み替え先は、特養566,600人、有料老人ホーム422,612人、老健357,500人、認知症GH190,100人、サ高住185,512人4) があり、高齢者向け住まい・施設の合計で172万人、住民の1.4%程度であり、それほど多くない。

以上から、地域外への住み替えではなく、エイジング・イン・プレイスつまり「住み慣れた地域に、家族に依存せずに生活ができ、最後まで住み続ける」ための仕組みが必要とされていることがわかる。しかしそのような住宅地が多く存在しないのが、日本の実情でもある。

超高齢化住宅地と福祉転用マネジメント

国土交通省の調査5)によれば、全国の556市区町村に2,886の住宅団地があり、その1/3、約960が30年以上経過した住宅地である。その半数が超高齢化住宅地(高齢化率25%以上)であり、大きな社会課題となっている。この傾向は、中国、オーストラリアなど急速な住宅地開発をした国々にも広がり、国際的な共通課題でもある。都市化に伴って、通勤圏にある緑豊かな郊外に、子育て家族向けの住宅が大量整備された社会現象の結果である。30年以上経つと超高齢化住宅地が出現し、空き家の増加や居場所の減少、生活不安、買い物難民や要介護者の増加、健康状態や活動量低下、人的交流やつながりの縮小など様々な問題が発生し、住宅地の居住性能、いわゆるリバビリティが低下していく。その改善には高齢者の支援に留まらず、次世代が移り住み、多世代が共生するための継続的再生の仕組みが求められている。人口減少する地域で、空き家など活用されない地域資源を増加する福祉ニーズに活用する「福祉転用」6)の事業が注目されている。高齢者のみならず子育てや障がい者支援など多様な生活福祉活動拠点を福祉転用によって整備して、助けが必要になっても、馴染みのある近隣環境で歩いて暮らせる仕組みが再び注目されている。

近隣環境と健康

今までの健康増進や介護予防施策では、身体活動を増やすことが重要であると認識されているものの、少数の人において短期間の効果しか持たない個人レベルの手法しかなく、より多くの人に長期にわたって効果をもつアプローチが必要とされていた。そこに、公衆衛生学的研究から、近隣環境が住民の健康に大きく関わっていることが近年明らかにされてきた。このような研究エビデンスに基づいて近隣環境を改善することは、効果が地域住民全般に広く影響しかつ長期にわたる7)ことから、国際的にも注目されている。Sallisら8)は5大陸14都市の比較調査を行い、自宅から徒歩圏内(500m)の公園数、地域内の公共交通の密度、住宅の密度、歩行者が通行可能な交差点の密度との関係を明らかにし、これらの数値が高い場所に住んでいる人は身体活動レベルが高く、健康な状態を維持しやすいことを報告している。またYangら9)は20年間の追跡調査から、人のつながりが健康や長寿につながることを明らかにしている。このことから、ヒューマンスケールを持つ近隣環境に、立ち寄りやすい場所や人と人の繋がりが生まれる活動を作っていくことが大切であることが分かってきた。

従来の介護保険等の社会保険制度や公的サービスだけでなく、ボランティアや、「共助」の住民主体の活動、「民助」の市場サービスなど多様なサービスの充実が必要である。厚労省10)は、介護保険外サービスとして、見守り、食、買い物といった基本的な生活を支える分野に留まらず、旅行・外出や趣味なども含め、幅広い領域を想定するようになった。比較的元気な段階の高齢者を対象としたものから、介護が必要な高齢者を対象とするものまで幅広く、また高齢者本人向けのサービスに留まらず、介護者や高齢者の子供など家族を支えるサービスを整えていることが大切としている。高齢者、子どもや障がい者を含む多様な住民に向けたサービスを提供する「福祉のコンビニ」11)のような生活福祉活動拠点が近隣にあることが重要で、それが住民の健康、ひいてはエイジング・イン・プレイスに繋がっていく。

泉北ほっとけないネットワークとコミュニティ協議会

大阪都市圏のエッジ(境界)に位置する50年前に開発された泉北ニュータウンも同様の課題を抱えている。立地特性を踏まえて、子どもから高齢者まで多世代が豊かな自然や農園の中で健康に暮らす「泉北スタイル」の実現を独自の目標にかかげている。この地域は「ほっとけない」精神の下で生まれたボランティア組織が多く(100以上)活動していることも特徴で、この地域特性を生かした具体的な再生の仕組みが「泉北ほっとけないネットワーク」12)である。この事業は、十分に活用されていない空き家・空き店舗を地域の「空き」としてとらえ、その「空き」を地域で共有し、そこを拠点に支え合うための様々なコミュニティサービスを展開する事業である。国・府・市のモデル事業指定を契機として、地域全体を巻き込んだまちづくり活動である。2010年9月に人口約7,000人、高齢化率約30%(当時)の近隣住区の槙塚台地区において、住民・NPO・大学・行政が連携する「泉北ほっとけないネットワーク推進協議会」を組織した。空き住戸と空き店舗を福祉サービス拠点に転用して、高齢者・障がい者・子どもを含む地域住民生活を包括的に支援するための安心居住・食健康のコミュニティサービスを提供している。コミュニティスペースとして①地域レストラン( 2店舗・計230㎡ )、②まちの交流サロン(1店舗・58㎡ )、③生活支援住宅( 7住戸・計300㎡)、④障がい者グループホーム(1住戸・134㎡)を整備し、①見守りをかねた配食サービス、②昼食、居酒屋の提供、③各種サークル支援、④食健康相談、健康リハビリ支援、⑤ショートステイなどのサービスを展開している。約10年の活動から、協議会が従来の個々の制度や活動を繋ぐことに有効であることが確認できた。新しいコミュニティ活動が発生し、多世代の繋がりも生まれてきている。一方で、活動をどう継続していくか、次の担い手をどうするかなど、課題も依然多く残されている。

エイジング・イン・プレイスに向けた自助・共助・公助の連携は、まさにソーシャルイノベーションそのものである。各種サービスや人材をつなぐ協議会組織が不可欠で、全国の超高齢化住宅で草の根的に始まりつつある。これらの活動を共有化して、地域を再生する仕組みとその人材育成が求められている。

写真-1 超高齢化の進む泉北ニュータウンと空き店舗を活用した地域レストラン

注釈
1) 大阪市立大学大学院生活科学研究科・大和ハウス工業総合技術研究所:エイジング・イン・プレイス―超高齢社会の居住デザイン、学芸出版、2009/9/20
2) 上野千鶴子:ケアの社会学――当事者主権の福祉社会へ、太田出版、2015/3/30
3) 厚生労働省:平成28 年度版厚生労働白書- 人口高齢化を乗り越える社会モデルを考える―、2016
4) 国土交通省住宅局安心居住推進課:高齢者向け住まい・施設の定員数、サービス付き高齢者向け住宅の現状と課題,  2018/01/31
5) 国土交通省:住宅団地の実態調査、国土交通省住宅団地の再生のあり方に関する検討会資料、2018/02
6) 森一彦・加藤悠介・大原一興他:福祉転用による建築・地域のリノベーション、学芸出版、2018/03
7) 杉山正晃他:ニュータウンと既成市街地における高齢者の外出活動環境の比較- 高齢者のロコモティブシンドローム予防に向けた活動環境に関する研究 その3、日本建築学会論文集、83 巻 746号 p. 707-715、2018
8) Sallis, James F. et al.: Physical activity in relation to urban environments in 14 cities worldwide, a cross-sectional study, The Lancet, 387(10034), pp.2207–2217, 2016.4
9) Yang Claire Yang, etc.: Social relationships and physiologicaldeterminants of longevity across the human life span, vol.113,no.3, 578–583, PNAS, J2016/1/19
10) 厚生労働省、農林水産省、経済産業省:地域包括ケアシステム構築に向けた公的介護保険外サービスの参考事例集、保険外サービス活用ガイドブック、平成28 年3 月
11) 大野秀敏他:コミュニティによる地区経営、鹿島出版会 2018/9/8
12) 泉北ほっとかない郊外編集委員会:ほっとかない郊外- ニュータウンを次世代につなぐ、大阪公立大学出版会、2017/10/11

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