~奈良市におけるトライアル・サウンディングの取り組み~
関西支部だより+ 38号(2024年9月版)
特集「都市経営とまちづくり」No.12
インタビュー記事(GRATIA 田尻奈緒子氏、奈良市 都市整備部 公園緑地課 企画整備係 係長 宮崎翔氏、奥井絢子氏、都市政策課 主務 植村政也氏)
日時:2024年6月6日 場所:平城第4号近隣公園
主催:都市計画学会関西支部編集広報委員会
趣旨:奈良市のトライアルサウンディング事業について制度の経緯とまちづくりへの効果についてお話をお伺いしました。
地域の魅力と課題
編委:本日取材させていただく田尻さんがご活躍されている平城第4号近隣公園(神功池公園)のある高の原は、大規模なニュータウンですが、どのような魅力と課題があるエリアなのでしょうか。
田尻氏:ニュータウンができてから約50年が経ちます。当初は若い世代がたくさん住んでいましたが、その子どもたちが育ち、今ではお年寄りが多くなってきています。そのことに関係して、空き家問題はあるのですが、切り替えの時期であると感じています。新しい世代が入って来られるチャンスのある街と思っています。緑も豊かで、緑道を通してまち全体が繋がるところが魅力ですが、なかなか横の繋がりがないのでそれが課題と思っています。そこをクリアしていけたら、もっと高の原が盛り上がっていけるのではないかと思っています。
編委:横のつながりというのは、人同士のつながりということですか。
田尻氏:はい。地域性としても、横のつながりは薄いのかなと。
編委:なかなか繋がりは得にくいところもありますよね。どうしてもベッドタウンだと夜に帰ってくる方が多いので。そのような中で、公園にどのような経緯で目を向けられたのかきっかけはあったのでしょうか。
トライアル・サウンディングの取り組み経緯
田尻氏:丁度新型コロナウイルスの影響が始まった時にGRATIAという団体を立ち上げました。私は別でエステの仕事をしている中で地域情報誌をたまに見ていたのですが、新型コロナウイルスの流行期には地域情報誌に広告等を掲出する人も減り情報誌の中身が寂しくなったのを感じました。そんな時こそ、新しい情報紙を作ればみなさん家にいる時間が長いので、見てくれるのではないかという期待があり、自ら地域情報誌を作り始めました。そして、地域情報誌を作り始めて色々な人と関わる中でたくさんの人と出会えたので、何かイベントができるのではないかと思いました。ではどこでできるのかということで、奈良市に「公園でできる」とお聞きして、そこから取り組みを始めました。
編委:公園というのは、取材場所である平城第4号近隣公園ということでしょうか。
田尻氏:ここの平城第4号近隣公園もそうですし、トライアル・サウンディングの対象公園を活用しています。
編委:奈良市の方で公園をトライアル・サウンディングやパークマネジメントで動かしていこうとなったきっかけや、経緯のところからお聞かせいただけますでしょうか。
植村氏:もともと奈良市では公共空間の維持管理がメインで、利活用するという機運はそんなになかったのですが、2018年頃から維持管理だけでなく利活用を含め民間主導の公園運営を進めていかないといけないという大きな方針が庁内で出されました。ただ、いきなり変えることはできないので、社会実験としてまずは公園を活用してみないかというところで、市役所から近い公園で行政主導というよりかは民間の方と連携しながらこれからの公園の使い方や過ごし方を提案する社会実験を実施した背景があります。この社会実験は2019年に計4回開催しました。
そこから少しずつ、公共空間はまちへの波及効果や過ごし方に価値が生まれるという認識を広めて、2020年のコロナ禍には商店街オープンテラス事業の実施に至りました。これも道路空間の活用事業なのですが、公園のような空間をまちなかにたくさん作っていこうという狙いがありました。とはいえ一気に制度を変えることはできないという思いの中、トライアル・サウンディングという制度提案を知りました。そこで、常総市が実践している事例を見て、庁内でも実践しませんかと提案しました。
宮崎氏:トライアル・サウンディングを実施する事となって、いきなり全ての公園で開始するのか、特定の地域で集中して取り組むのかという検討は当初市の中でもありました。初めからすべての公園を対象に始めるとどのような事態が発生するか予想できないということで、まちびらき50周年を迎える高の原地域を対象とすることになりました。ここは神功地区と右京地区という2つの地区があるのですが、小学生が減ったことにより2022年に神功小学校、右京小学校、平城西中学校の3つを統合し、新しい小中学校とコミュニティが生まれつつあります。
先程も「横の連携」という課題がありましたが、別々の小学校区が一緒の地域になったものの、まだまだ地域コミュニティが分断されているような雰囲気がありました。市としても、公園が拠点となって地域のコミュニティが活性化できればというところで各地域にトライアル・サウンディングをさせてほしいとお願いをし、2022年の3月から始めさせていただきました。
トライアル・サウンディングの取り組みのポイント
編委:他の自治体でよくみられるのは、人が多く集まる都心エリアの公園活用ですが、平城第4号近隣公園のような住宅エリアの公園を対象にしていることが新鮮に感じました。住宅エリアの公園の使い方と都心近くの公園の使い方は異なると思われるのですが、この辺りは地域を見てイベントの仕掛けなどを変えていたりされているのでしょうか。
田尻氏:仕掛け方というか、私の中での目的が違います。平城第4号近隣公園ではこの公園自体をみんなが利用しやすい公園に変えていきたいという気持ちがある中で、地元の人にたくさんこの公園に来てもらい、知ってもらうことが目標です。一方で、西大寺エリアの公園では高の原を知ってもらうためにイベントを実施しています。
植村氏:田尻さんが実施しているイベントでは、連れて来られる飲食店の方も基本は高の原の方を呼んで来られています。出店者も来訪者も全部この域内で循環していると感じます。
田尻氏:最初は高の原にとてもこだわっており、出店者については高の原在住者もしくは高の原に通勤されている方に絞っていたのですが、ここ最近は高の原を盛り上げてくれるために他の地域からも出店いただいています。しかし、他地域から出店される方については数店舗だけにとどめるという配慮をしています。
地域主体の公園活用
編委:市の狙いとしては、おそらく経済的な効果等も見越されていたと思うのですが、田尻さんがやっておられるようなことは狙っていた効果というところだったのでしょうか。
宮崎氏:そうですね、例えば、草刈りをイベントにしてくださったりすることで維持管理コストが削減されています。ほかにもイベントで活用いただくことをきっかけに維持管理に貢献するような利用をしていただいているのでそういった側面で特に寄与していただけているのかなと思っています。地域の方々がすごく頑張ってくれているので、奈良市における公園活用の取り組みにおいては地域の方との連携など、公園の日常的な使い方を模索するような方向性の方が良いのではないかと思っています。
編委:市民から市民団体・企業までトライアルの主体であるというところがキーかなと思います。地域に根付いて取り組めそうな企業に話を持っていくというようなことはされませんでしたか。新たな活用制度を立案されてもいざ発信しても人が集まらないということもよく耳にします。奈良市の場合は、どうされたのですか。
植村氏:そこはまさに苦労しています。様々な工夫はしていますが、いきなり公共空間を活用してみませんかと言っても難しいとは思うので、 そこをサポートする形でワークショップを合わせて開催しています。ワークショップでは、まちづくり分野の第一線で活躍する方々を招いてレクチャーしてもらいながら、公共空間を活用する機運を高めています。あとは仲間作りです。自分1人では何かしたいと思っていても1歩踏み出せない方々がいると思います。
仲間がいたら踏み出せる部分があると思ったので、ワークショップを含めながら民間プレイヤーの発掘をしています。また、休みの日はイベントに足を運んで声をかけるなど仕事・プライベートを問わずに、公共空間の活用に興味がありそうな方を発掘するようにはしています。
編委:素晴らしいですね。田尻さんはどうやって知ったのですか。
田尻氏:私はまだ制度が発信されていない時期に「イベントをしたいです」というのを公園緑地課に要望に行きました。そしたら、たまたま来年3月からトライアル・サウンディングが始まると知り、声をかけてもらい参加しました。
編委:その時にこの企画に乗りたいと思ったのは、あくまで田尻さん自身が自分のやりたいことができるというところが大事だったのか、あるいは社会貢献的な意思が強かったのか、どちらでしょうか。
田尻氏:楽しそうということではじめました。
植村氏:民間の方が「こんなことをしたい!」という思いがある時に、そのしたいことを実現することで、民間の方が意図していない、まちの社会課題解決につながるのではないかという、民間と行政の通訳が非常に大事だなと思います。田尻さんがやっていることは、本来、奈良市が実施すべき社会課題解決に向けた取組みの一部を担ってくれています。民間の方のやりたいことは行政の何かしらの課題解決につながると思うので、行政の中に落とし込むことが大事だと思います。
効果
編委:公園の活用以外のところで、思っても見なかった効果はありましたか。
植村氏:これはトライアル・サウンディングではなく駅前広場の社会実験での出来事ですが、出店者同士の交流が生まれることで、次のイベントで店舗のコラボレーションが実現しました。そのような効果は期待できますね。イベントを通じて出店者同士もつながるし、出店者とお客さんもつながっていくような期待があります。単に公園を活性化するっていうことだけではなくて、繋がりができていくことで波及効果が期待できるのではないでしょうか。
編委:小学校の統廃合による地域の分断という話題がありましたが、公園を核に分断の解消が実現したという実感や経験はありますか。
宮崎氏:印象的だったのは、それぞれの小学校区で実施を検討していたお月見祭りを一緒に開催したことでしょうか。たまたま2つの小学校区で合同のお月見祭りを開催するとなった際に、一方の小学校区では地域から100円引き券が配られるのですが、もう一地区ではそのような枠組みがなかったのです。そこで田尻さんのGRATIAが負担してくれることになりました。その背景には「せっかく一つの小学校になったのだから」という思いもあるそうです。イベントを通じてそれぞれの小学校区の子どもたちが一同に集まってくれたその光景をみると、地域が1つになりつつあるのかなと感じます。
使い方のデザイン
編委:公園を活用する際に、空間デザインの面から工夫されたポイントなどありますか。
植村氏:トライアル・サウンディングに関しては、奈良市としては活用を促すだけですが、各事業者が使い方のデザイン等を意識してくれているケースはあるのかもしれません。
田尻氏:西大寺エリアでのトライアルでは、ただただ長い机を置くっていうだけのイベントをしました。それは机を置いただけで、机を置いたことによってなにかが生まれたらいいなっていう実験でした。意外にそれが盛り上がって。知らない人同士で、トランプや麻雀をしてにぎわいのある空間が作れました。
植村氏:綺麗な芝生の上に、白いテーブルを置くっていう空間的なデザインと、仕組みのデザインが功を奏したみたいですね。