公民連携まちづくり最前線
関西支部だより+ 36号(2022年6月版) 特集「都市経営とまちづくり」No.6
インタビュー記事入江智子さん(株式会社コーミン 代表取締役)
日時:2022年3月22日 場所:オンライン
主催:都市計画学会関西支部編集広報委員会
趣旨:特集企画「公民連携まちづくり最前線」では、大東市の公民連携まちづくりに携わられ、morineki プロジェクトをはじめ、さまざまな事業を牽引される入江智子さんに、公民連携事業に関わるきっかけ、背景、morineki プロジェクトの事業内容やまちづくりへの効果等についてお話を伺いました。
1.はじめに
入江氏:「morineki」は大阪府大東市に開業した官民複合エリアで、民間賃貸住宅(当初は借り上げ市営住宅)と商業施設、都市公園で構成されています。このエリアは、JR四条畷駅から徒歩5分に位置しており、大阪市内にアクセスのよい恵まれた立地ですが、築50年以上の老朽化した、総戸数144戸の市営住宅が建っていて、地域外の人たちにとって少し入りにくい印象のエリアとなっていました。
そんなエリアが、公民連携事業により、すべて木造で、低層の共同住宅、北欧の暮らしをテーマにした飲食店などが軒を連ね、憩える芝生広場もある、子育てファミリーのお出かけスポットに生まれ変わりました。
今日は公民連携まちづくりの視点で、プロジェクトの背景や経過などをご紹介したいと思います。
参考資料)コーミンホームページ morinekiプロジェクトとは
http://matituku.com/morineki/
2.公民連携まちづくりのきっかけと進める上でのポイント
市営住宅の建替えですので、行政主導で進めるのが一般的ですが、単なる建替えでは、エリアの価値向上につながるようなものにならないのではないかという課題意識がありました。どのように進めるべきか考えていたのですが、問題点が大きく3つありました。
1つ目に市営住宅は国の補助金との関係性等から建物の仕様が限定されること、2つ目に競争入札等で設計や施工の事業者を決定する必要があること、3つ目に修繕積立金等を計画的に積み立てることができないことがありました。これらの制約を取り払うことは、魅力的な施設整備を進める上でとても重要な要素になります。
また、一方で、行政の力を借りることで、都市計画等の制限緩和、融資や長期借上げ契約による財務面での安定性確保など、事業上の利点があります。
そのため、公民連携で、互いに補いあいながら進めることで、単なる建て替えではない魅力的なプロジェクトになるのではないかと考えました。
もちろん、話は簡単に進むわけではなく、公民連携にはそれぞれの立場や考え方の違いから、さまざまなズレが生じます。特に、資金の調達や魅力的な空間デザインには、工夫や調整が必要だと感じています。
私は、約1年間、公民連携まちづくりの先進事例である岩手県紫波町の「オガールプロジェクト」に関わらせていただきました。そこでは、複合商業施設のテナント誘致や建物の設計、事業スキームなど、エリアの価値を高める事業手法について、多くのことを学びました。特にポイントと感じることが、大きく2つありました。
1つ目に、テナントを先付けして逆算的に事業を進めることです。計画段階において、テナント企業の考え方や事業内容等の認識のすり合わせ、坪単価等の事業収支に直結する数字や契約の内容をしっかり相談します。そのことにより、収益がある程度確定してきますので、その収益に合わせたコストを算出し、長期的に経営できる事業とすることができます。実際に、「morineki」でも、計画段階から、テナント企業の方々とビジョンから事業内容、契約に至るまで、できるだけ具体的なものにしていました。
2つ目に、エリアを牽引し、価値向上につながるような、建物や空間のデザインにしていくことです。そのために、建物や空間のデザインに力を入れていく必要があるのですが、公民連携事業の特有の問題として、公共と民間が別々の設計・施工業者に発注をかけるため、全体的なデザインの統一感が損われる可能性があります。そこで、計画から、設計・施工の全段階において、民間が公共の担当する部分のデザインに意見できる仕組みを事前に作っておくことが重要です。「morineki」では、大東市と調整し、コーミンが、公共工事の部分である公園や親水護岸の基本設計業務を受託しました。実施設計以降は入札で別業者となりますが、意図伝達業務を行うとともに、施工業者が舗装材や照明器具などの使用材料承諾願を市に出す際、コーミンに意見を求めることを特記仕様書に入れてもらいました。
3.事業概要とスキーム
「morineki」は、住宅エリア、商業エリア、公園エリアの3つのエリアに分かれます。住宅エリアは、1LDK、2LDKの木造賃貸住宅が74戸あります。商業エリアは、トレイルランなどの商品を扱うアウトドア用品店、北欧の暮らしをテーマにアパレルや雑貨、パン屋、レストランなどがあります。公園エリアは、約3100平米あり、大東市が国の補助金を活用しながら河川の護岸整備や橋梁、道路などのインフラ整備とともに、都市公園を整備しました。
事業スキームに関して、まずは関係者ですが、大きく4つの立場に分かれ、1つ目に事業計画の策定、計画の進捗管理を担う公民連携エージェントとしてのコーミンと、建物を所有する特定目的会社である東心が合わせて地域事業者の立場。2つ目に行政の立場として大東市、3つ目に地域金融機関の立場として枚方信用金庫、最後に4つ目としてテナント企業などの民間事業者となります。これらの関係者とともにコーミンが互いの利害を調整しながら、事業を進めていきました。
プロジェクトを円滑に進めていく上で非常に重要なことは、それぞれの関係者が組織として事業に関わるうえで重要視していることを段階ごとに的確に捉え、矛盾がおきないように噛み合わせて計画に反映させることです。このプロジェクトの段階を企画から建設時、維持管理から融資資金完済の大きく2つに分類して例をあげます。
まず、企画から建設段階における各関係者が重要視していることですが、行政はローコストで、現在の入居者が安心できる住居を提供したいというもの、地域事業者とテナント企業はエリア外からの来訪者が見込まれるような場所にしたいというもの、地域金融機関は安心してお金を貸したいというものでした。これらに対して、地域事業者は、行政が現入居者の戸数分だけを20年間借り上げる民間賃貸住宅をつくり、余剰地に商業施設を建設することや、テナントを先付けして賃料を確定するなど地域金融機関に融資に対するリスクを下げるといった、工夫をしていきました。次に、維持管理から融資資金完済の段階においては、行政は借り上げ賃料の累計が直接建設した場合を上回らないようにしたいというもの、地域事業者は20年後に住宅の全戸数が民間のものとなって経営が成り立つかどうかというもの、地域金融機関は安定した返済を続け、完済してほしいというものでした。これらに対して、行政と地域事業者は借り上げ市営住宅を段階的に民間賃貸にしていくことや、テナント企業と長期的な関係を築けるよう、テナント企業のやりたいことを叶えるような協働を進めていきます。このように関係者が重要視していることに的確に応えることで、事業に関与することへの安心感がうまれ、それぞれの長所が引き出され、エリアの価値向上にも直結してくると思います。このことが公民連携まちづくりの大きな効果だと実感しています。
4.質疑応答
編委:プロジェクトを進める中で市の部局を横断した連携が必要になると思うのですが、入江さんはどのようにアプローチされましたか。
入江氏:市営住宅の建て替えをしなければならないと言う議論は昔からありましたが、このように公民連携事業で進めるきっかけとなったのは、2014年に、市長が木下斉さんの講演を聞きに行って、「オガールプロジェクト」の事例を知り、興味をもったことです。すぐに担当部長は、その運営者である岡崎正信さんと木下さんが主催する勉強会に参加し、事例を研究し始めました。その結果、部局を横断した組織が必要と考え、2015年に「まち・ひと・しごと創生総合戦略」という計画を立案し、推進する市長直轄の部署を設置しました。
私はその部署から派遣という形で、オガールに研修にいかせてもらいました。それと同時に、公民連携の基本計画やデザイン会議といった推進のための仕組みも設けながら、建築家の大島芳彦さんに参画いただき、プロジェクトを象徴するようなパースを作成してもらうなど事業の大きな方向付けをしていきました。2017年にはまちづくり会社に出向して、直接的に事業を進めていくことになりました。私自身が横断的に動いていたというところもあります。
編委:大東市の中では公民連携をするのは当たり前という風潮になってきているのでしょうか。
入江氏:そのような雰囲気はでてきてはいますが、やはり懐疑的に感じている人もいると思います。ただ、このプロジェクトによって、まちの風景が変わり、公民連携の重要性は認識されてきていると感じます。しかし、なかなか個人が率先して進めるというのは難しいので、行政計画に位置付けることは重要だと思います。
編委:部署を設置することは効果的でしょうか。
入江氏:私は計画をつくることのほうが大事だと思います。たどってきたプロセスはほぼすべて公民連携事業のお手本である「オガールプロジェクト」が基本になっています。今は、公民連携に関するスクールもありますが、行政計画にしっかりと記載し、この分野に長けた専門家の方々に関わってもらいながら、順を追って進めていくことが大切だと感じています。
編委:公民連携の部署を設けている事例は増えているのですが、部署をつくることが目的になってしまっていることも見受けられます。しかし、大東市の場合は、市長との大きな方向性の共有、幹部職員の事業への理解、入江さんのような職員が市の内情を理解しながら民間側に移ったことなど、それぞれの役割を果たしていて、人による部分は非常に大きいと感じます。
入江氏:そうですね。キーパーソンたちが大きな方向性を共有しながら、それぞれの立場で責任を果たし、進めることができたことがとても大きかったです。
編委:このプロジェクトを再現するような形で、公民連携事業を進めていくことは簡単ではないと思います。各々の役割を担えるキーパーソンがなかなかいないことが一番大きな理由です。入江さんは、行政職員として建築行政の実務に精通しながら、地域住民との関係性を築いたうえで、さらに「オガール」で公民連携事業の知識や金融機関との交渉の仕方、テナント誘致や契約について学び、とても稀有な人材だと思います。どうしたら入江さんのような人材を育てることができますか。
入江氏:どうやったらこのプロジェクトのようにうまく公民連携ができますかという質問を受けることがよくあります。その際に、行政の部長級、課長級、実際に手を動かす熱意のある担当者の3人程度のチームで勉強することからスタートするのが大事ですとお伝えします。もちろん、首長が理解を示していることは大前提ですが、それぞれ役割のある少人数のチームを中心に公民連携への理解を深めながら、まちづくり会社を設立するなど、具体的なアクションを行っていくことがとても有効だと感じます。また、「公益的法人等への一般職の地方公務員の派遣等に関する法律」により、公益財団法人等に転職することができ、一定期間後に公務員に戻ることもできますので、この制度をうまく活用することで行政職員が民間側に移るハードルを下げることもできますし、私のようなバックグラウンドの人材を増やすこともできます。また、そこまでいかなくても私が「オガール」で研修をしたような機会がもっと増えれば、公民連携に強い人材を育成することは可能だと思います。
プロフィール
入江 智子(いりえ ともこ)
京都工芸繊維大学卒業後、大阪府大東市に入庁。建築技師として、学校や市営住宅などの営繕業務に従事。オガールでの研修を経て、まちづくり会社に出向、
2018年に市職員を退職し、現在コーミン代表取締役。
大東市での公民連携事業をはじめ、全国各地のまちづくりにも関わる。