~ふるさと納税など法定外税を活用した地方創生~

関西支部だより

泉佐野市長・千代松大耕氏に聞く都市経営とまちづくり

関西支部だより+ 37号(2023年8月版)   
特集「都市経営とまちづくり」No.5

インタビュー記事泉佐野市長・千代松大耕さん

日時:2023年2月2日 場所:泉佐野市役所
主催:都市計画学会関西支部編集広報委員会
趣旨:特集企画「リーダーに聞く都市経営とまちづくり」の第4弾。ふるさと納税をはじめとした法定外税などの財源を活かしながら地方創生を進めている泉佐野市長・千代松大耕氏に都市経営やまちづくりに関するお話を伺いました。

1 泉佐野市の現状について

千代松市長:私が市長に就任させて頂いたときの泉佐野市の状況を申し上げます。当時、北海道の夕張市が財政破綻をしたところから、財政再生団体の指定を受けることになったのですが、泉佐野市は一歩手前の段階ということで、総務省から財政健全化団体の指定を受けました。そのような中で市長に就任させて頂いた際に、前市長の時からもずっと泉佐野市は様々な行政改革を積み重ねてきておりまして、もうすでに私が市長になった時には色々な事業がタオルを絞り切っているような状態で、これ以上絞っても何も出てこないような中で、さらに財政を立て直していかなければならないという状況にありました。

何からスタートしたかと申し上げますと、色々な団体へ拠出している負担金、全国市長会でさえも負担金を払うよりも脱会したほうが良いのではないかというほど追い込まれていたところ、財政健全化を進めていくには、やはり「行財政改革」を自治体経営、都市経営の原点として考えたところです。

そのような中で、市職員も痛みを伴いながら、併せて市民の方にもご協力頂きながら、なんとか一期目で財政健全化団体から脱却することができました。また2015年に2期目を迎えるのですが、その頃、全国的に地方創生という、これから人口減少社会に移っていく中で、定住人口を増やしていく取り組みであるとか、新しい地方創生の臨時交付金などを利用した中でのまちづくりを求められている状況でありました。

2015年当時、ラグビーワールドカップで日本が南アフリカから大金星をあげ、その時の監督のエディジョーンズ氏がよく「JAPANWAY」というのを提唱されていました。少し話がそれるかもしれないですが、日本の強みというのは敏捷性や持久力を活かしながら、外国人に負けない身体を創っていくところです。最後は、体格の勝る相手に対してタックルで挑んでいくという勇気・日本らしさは「JAPANWAY」と呼ばれていて、日本らしさを求めながらJAPANWAYを目指していくというのは相反するものがある。敏捷性を求めつつ身体づくりをしていくというのは相反するものがある。敏捷性を求めつつ、片や筋肉を増やすというものですから、これを両立させようというところでは、泉佐野市も丁度「JAPANWAY」ではないですが、財政健全化団体から脱却したものの、まだまだ財政基盤がぜい弱でありましたので、行財政改革は進めていかなければならない。一方で、地方創生の新しい事業も展開していかなければならないところで相反するというか、まさに「JAPANWAY」だなと思いました。職員にはそういう状況の中でも、「『泉佐野WAY』という形で泉佐野らしく行財政改革を進めつつも、新しい地方創生に資する事業はしっかりと取り組んでいこう」「最後は何事にもチャレンジする勇気が必要だ」と、ラグビー日本代表チームに監督さんが提唱していた形で、職員に申し上げたのを覚えています。原点は行財政改革ですけれども、人口減少社会に移っていく中では、色々な新規事業も打ち出していかなければならない。両立していく難しい自治体運営かもしれないですが、しっかりやっていこうと進めさせて頂いた中で、やるべき事業をやっていき、財源は確保していく。歳入確保という面では、税外収入という形でネーミングライツや、ふるさと納税、法定外利用税といった取り組みを増やしながら新しい財を生み出し、地方創生の事業を、交付金を活用してやっていくという姿勢で進めさせて頂きました。

意思決定する際に大切にしていることは、根本にあるのが行財政という厳しいものを経験して参りましたので事業をするにあたって、対費用効果というのが十分なのか、限られた財源の中でこの事業を進めるに際して泉佐野にとってプラスになるのか、というところはもちろんですが、一方で、これから新しく展開していく事業に関しましては、結果が見えていない中で歩みを止めずに、それに対してきちんとやっていこうという勇気といいますか、地方創生にプラスになるかもしれないというようなところで恐れずにする。行政というのは、どこの自治体さんでも失敗を恐れてしまって足踏みしてしまうところがあるかもしれない。逆に勇気を持って進める中では、撤退する勇気というのも大事だと思います。やらないで立ち止まるよりかは、やってだめだったらこの事業はやめたらいいんだという、その勇気をもって臨むということをやって参りました。

それと泉佐野市の総合計画についてなのですが、こちらについては今までの流れがございまして、平成10年に策定しました第三次泉佐野市総合計画というのは「人が集い、まちが輝く世界の迎都泉佐野」という将来像で、「げいと」というのは迎える都という字になっています。そしてその次に策定しました第四次泉佐野市総合計画では、「賑わいと歴史あふれる迎都泉佐野」、「人をはぐくみ、人にやさしく」というような将来像を描きながら総合計画を策定しました。そして平成30年の第五次泉佐野市総合計画ですが、ここで思い切った転換をしました。「世界へ羽ばたく国際都市泉佐野~ひとを支え ひとを創り 賑わいを創る~」が、一番の柱に置いている将来像でもあります。これは担当職員が今日も同席しているのですが、世界の迎都、歴史ある迎都といって「迎都」という言葉は受け継がれてきたのに、今回は「迎都」という言葉を使わないのかと聞けば、「市長がいつも国際都市って言ってるじゃないですか」と言われました。私が常々言っていることですが、関西国際空港から一番近い、世界から多くの方々をお迎えさせて頂きたいというのはありますが、せっかく関空から近いという利便性があるのだから、もっともっと泉佐野市民が関西国際空港を通じて世界で活躍できるように、世界に見聞を広められるように世界に羽ばたいていけるような人づくりをしていきたいという意味で「国際都市」と言っております。その文言を担当職員が提案してきたものです。挑戦的な自治体経営と最後の部分で述べさせて頂いておりますが、新たなことに挑戦するその勇気はしっかりと持ちつつ、目指すところといたしましては、やはり泉佐野市民が関西国際空港を通じて世界で活躍できるような、世界で見聞を広められるような、世界を舞台に国際人として生き抜いていけるようなひとづくりをしたいというところです。

そして泉佐野市の将来ですが、やはり関西国際空港に一番近いという状況にあって、今私が市長に就任した時よりも泉佐野市内に住まれている外国人の方、外国人登録されている方の数というのは倍以上になっています。そういった中でコロナ禍前まで伸びていたのですが、コロナ禍で一時的に減少したものの、今ではコロナ禍前の水準くらいまで戻っております。関西国際空港の国際線の便数についてはまだ三分の一程度しか戻っていないですが、泉佐野市内に住まれている外国人の方の数というのは、コロナ前で一番多かった時とほぼ同数近くまで戻ってきておりまして、この流れはこれからますます加速していくだろうと思っております。今、泉佐野市には50か国の国籍の方がお住まいになられておりまして、国際都市、もちろん泉佐野市民が世界で活躍していく、世界に羽ばたいていくのももちろんですが、迎えるというのも重要でありますので、泉佐野市民には色々な文化の違いや国籍の違いを理解して頂いて、この泉佐野市で多くの世界の方々と共生していけるような多文化共生・異文化理解、そういうようなまちに将来はしていきたいなと思っております。どうしても関西国際空港に一番近いまちですので、めざすところはこのようなことになってしまいますね。他の自治体さんにとってはどうかなと思いますけれども、そういうような夢というかまちづくり・ひとづくりの将来を描いています。

<第5次泉佐野市総合計画(抜粋)>

編委:泉佐野市内に住まれている外国人の方の数は、コロナ前の水準に戻ってきているのですね。

千代松市長:実は、コロナ前の一番多かった時期を、もしかしたら抜くのではないかなと思っていました。最近はビジネス目的の入国が緩和されてきた時に一気に入ってきまして、コロナ禍前の水準に行くのではないかなと思ったのですが、今は若干鈍化しましたが、ほぼ戻りつつあります。そして、国籍も非常に色々なところから、もちろん一人という国もあるのですが。

今まで取り組んできたことであまり知られていないのですが、泉佐野市は海外との友好都市数で京都市さんと並んで日本で一番多いです。中国が多いのですが、もともと大阪府が中国の上海市と姉妹都市ですので、泉佐野市も上海市の徐匯区というまちや、宝山区であったり、四川省の成都市新都区というまちで、これらのまちは区ですが中国なので100万人を超えるレベルです。それと中国で申し上げますと、山東省の聊城市の東阿県というまちと、威海市というまちであります。あと、モンゴル国のトゥブ県というまちであったり、ちょっと世間をお騒がせしましたがアフリカのウガンダ共和国のグル市、ブラジルのサンパウロ州マリリア市、一番新しいのは、ベトナム社会主義共和国のビンディン省というまちです。ベトナム自体で円安が進んでいるという話も聞きますので、これから色々とハノイやダナン、ホーチミンといった大都市から日本に来訪されると思いますが、泉佐野市と姉妹都市を結ぶビンディン省というところは、どちらかというと大都市ではないような省というひとつの県になります。

泉佐野市内に宿泊施設が大小70カ所以上あります。関西国際空港に一番近い自治体ということで一つの基幹産業になっています。その中でコロナ前の訪日外国人の宿泊客数で申し上げますと、横浜市や神戸市よりも多く、全国で10位に入っているというような状況がございました。しかし、コロナで訪日外国人がストップしてしまって、未だ中国からインバウンドが本格的に戻ってきていない状況なのですが、泉佐野市内でも結局コロナ禍と同じような状況が生じているのです。どのような状況かというと人手不足。一旦コロナ禍でストップしてしまったものだから、今のほうが深刻になっている状況で、ホテルも宿泊施設も部屋はあるけど開けられない。これは、どうしたら良いかというところもあるが、日本で働きたいという外国人材をこれからも積極的に受け入れる企業は、市としてバックアップしていきたいです。泉佐野市外国就労サポートセンターというのを立ち上げておりまして、そこは今、昨年のロシアによるウクライナ侵攻でウクライナから避難されていた方々が、大阪市内の市営住宅や府営住宅、定住先が決まるまで、本市の市内の宿泊施設で就活支援を行ってきて、20名の受け入れをしてきました。そのような支援を外国就労サポートセンターでやっているのですが、国際線が以前の状況に戻らなかったとしても、それなりに戻ってきた時に生じてしまうのが、ホテルで働く人材の不足です。もちろん介護人材や食品コンビナートで働く人材も不足しているのはしています。どうしても悪質な業者さんがおられて、日本に来ても結局ひどい扱いをされる外国人の方がおられたりしますので、そういうことがないように行政が、その部分には携わっていきたい、支援していきたいと思っています。この4月からベトナムのビンディン省に駐在員として職員を一人行かせて頂き、そのような取り組みをしております。

編委:財政再建が必要になった原因である、関空関連の投資について、どのようなプロジェクトだったか内訳を教えていただけますでしょうか。

千代松市長:市の財政に影響する大きな投資が三つありました。一つ目がりんくう総合医療センター。380床の病院なのですが、出来た当時は、公立病院では全国10番以内に入ってくる位の病院で、高度医療を備え、関西国際空港で不測の事態があった時に搬送できる災害病院の役目を果たす病院がございます。この総合医療センターの建設に300億円。

二つ目は、文化ホール(泉の森ホール)。この文化ホールも300億円かけました。

最後が下水道。泉佐野市は、市域が南の和泉山脈から北の大阪湾に向かってなだらかに下っていますが、りんくうタウンの造成を行った際に、海抜4mぐらいの土を盛りました。その結果、内陸の既成市街地部分がくぼみとなってしまい、雨の時に雨水が一斉に流れてきます。床下浸水が起こってしまうということで、下水の雨水管の整備を進めまして、それでだいたい300億円、合計900億円のプロジェクトを一気に進めたということで、それだけの借金が発生しました。

それ以外にも、空港連絡道につながる市道などの周辺整備であるとか、関連事業の一環でやらせてもらったのかもしれないですが、それなりに事業はやってきました。

泉佐野市には分不相応なものが三つあります。一つ目がSiSりんくうタワー。こちらは、あべのハルカス、ランドマークタワーに次ぐ日本で3番目に高いビルです。残り二つが先の総合医療センターと文化ホールです。

編委:以前からふるさと納税などは報道でも耳にしていたのですが、負債を減らすというのは先ほど仰っていた歳出を減らすというような、どういったところでこれを実現されてきたのでしょうか。

千代松市長:財政健全化団体に指定されましたので、財政健全化計画というのを策定しまして、それに基づいて借金を減らしていってるというような、どれだけ返さなければならないかというのは決まっておりますし、それに基づいて、もちろん繰り上げ償還とかはありますけれども、基本的には借金返済についてはそういった計画に基づいて行っております。ふるさと納税で頂いたお金を借金返済にまわしているというわけでもないです。

編委:行政サービスを縮小して、減らすことを重視して行ったということですね。

千代松市長:財政健全化団体になった時は、非常にそういう職員給料のカットであるとか。自分の思いとしましては、市会議員にならせて頂いたのが平成12年だったのですが、平成15年から度重なる財政危機で、様々な料金の値上げ、国民健康保険料の値上げなど、それが丁度バブル崩壊後の長引く景気低迷の時期と重なり、市民生活を圧迫していたというのを市会議員として、市民からの声を受け止める中で強く感じていました。できる限り行政サービスを縮小しない、下水道の使用量であったり手数料は値上げしないという大前提のもとで、市役所の中の様々な改革をし、財政健全化団体から脱却していくという方針を初当選した時に立てさせて頂いたので、法定外税である関空連絡橋利用税の実現など、本当に色々やりました。泉の森ホール(総合文化センター)のセールアンドリースバックを行うなどして、借金が減ったというのもあるのですが、そういった手法を持ちながら、取り組んだ結果として平成25年度の決算をもって、平成26年度には財政健全化団体から脱却することが出来ました。ふるさと納税で泉佐野市は財政健全化団体から脱却できたのではないかなと言われるのですが、平成25年のふるさと納税は4900万円でした。全然まだまだだったので、地方創生というものに対して新規事業に挑戦するという意味合いで、いろいろな事業を展開しました。

<泉佐野市資料「財政状況の推移」に、下記サイトのふるさと納税実績金額を追記>

編委:驚いたのは、実は泉佐野市は財政力指数が1を超えており、これで地方交付税の交付がカットされて厳しかったというのがあると思うのですが、1を超えるというのはなかなかすごいなと。

千代松市長:泉佐野市は、中曽根内閣の民間活用という意味あいで、関空関連からの税収を活用して、基盤整備の借金返済をしていきなさいよというような話がございました。成田空港は、特別措置法をつくって、基盤整備を行ったらしいですけど、泉佐野の場合は、関西国際空港やりんくうタウンの固定資産税が税収として入るので、財政力は強いですよ。ただ、バブル前はどんどん税収が伸びるであろうと考えていたのですが、思い切り読みを間違えましたね。財政力指数は高いですけれども、借金返済が多いので、財政は厳しいですね。

編委:いわゆる黒字だけど、倒産しかけているということですか。

千代松市長:まさしくその通りです。

編委:関空やりんくうタウンからの税収もあると思いますが、事業所も多く立地しているので、そこからの法人・住民税収もそれなりにあるかなと推察しているのですが、どうでしょうか?

千代松市長:全ての事業所をまとめた税収も観光関連税収と同じぐらいかもしれないですね。大きい工場はたくさんありますけれども、そこまで大きな額ではないです。

2.ふるさと納税について

編委:ふるさと納税については、借金返済に充てるのではなく、地方創生に充てるということでしたが、先日ネット記事を見かけたところ、小学校にプールがないので、プールをつくるだったりとか、教育に投資すると書かれてありました。そういったそのふるさと納税の活用方法に対して市民の反応はいかがでしょうか。

千代松市長:色々な意見はあるかもしれません。この間テレビ番組で、「泉佐野VS泉南」という番組があったのですが、その番組で、たこ焼き屋のおっちゃんが「プールなかったから、プールつくってくれてありがとう」と言っておられましたが、このような反応はあると思います。

編委:今後の成長戦略にどのように資金を配分しようと思っていますか。

千代松市長:成長戦略にも、ふるさと納税を最大限活用してまちづくりを進めていこうと思っています。一例を挙げますと、ふるさと納税3.0で「ヤッホーブルーイング」を誘致しました。まだその周辺にも土地がありますので、例えばですけど、家族で楽しめるようなチーズ作りの工場であったりとか、ウインナー作りの工場であったりとか、ビールだけじゃなくて、家族連れで楽しんでもらえるような工場をつくって、それをまたふるさと納税の返礼品にしたいなと思っています。このように、ふるさと納税3.0を活用して、まち自体をつくっていきたいですね。

そして、ふるさと納税の税収が入ってきたとしても、全部それを企業さんに渡しているので、ふるさと納税を活用して、成長分野に投資をしているということにもなると思います。

また、企業版ふるさと納税を用いて、全国の子ども食堂を支援するなど、寄付をしていただけるような取り組みもしています。そういった社会的なところで、企業にとっても寄付していただける意義があると思っていただけるような取り組みも、ふるさと納税を活用しながら進めていきたいと思っています。

<ふるさと納税3.0の仕組み>

編委:ふるさと納税にここまで注力するきっかけは、職員の中にキーマンがいらっしゃったのですか。

千代松市長:当然、職員の中にいました。

編委:その方が、この制度を使えるなというような感じで始めたのですか。

千代松市長:もともと2008年から制度が始まっています。私が市長になったときは、過去最低の年間639万円だったと思います。その次年度が、1900万円でした。1900万まで成長させたのが成長戦略室長の阪上です。阪上がとても頑張ってくれたおかげで大きく成長しました。

ふるさと納税は、事業者にとっても寄附していただく方にとっても、自治体にとってもいい制度だと思っています。

令和3年度では、全国で8500億円が寄付されています。国民が目いっぱいふるさと納税を活用すると、大体2兆4,000億あると言われておりますので、まだ約35%の段階です。まだまだふるさと納税をされていない方が多いので、もっともっとこの制度を浸透させていきたいなという、全国1位になった自治体としてのミッションとして、ある意味掲げながら、色々な角度からふるさと納税にチャレンジしていきたいと思っています。

編委:制度を使う側として、すごく成長されているなと感じました。

ふるさと納税を使って、新しい取り組みをしようというのは、阪上さんの思い付きなのでしょうか。

千代松市長:市長の本のふるさと納税のところにも書いてあるんですけれども、もともと私が市議会議員やっていて、一歳年上の阪上が選挙管理委員会の事務局にいて、選挙のことを聞きに行っていたので仲は良かったのですが、阪上は、「選挙の開票を何分で終わらせたい」「何分以内に(この業務を)終わらせる」であったり、税の徴収率を向上させるときも、すごく熱心に取り組んでいたので、数字などを競い合う分野に活かしたら、その力を発揮するだろうと思い、成長戦略室に配置しました。阪上が、航空会社のPeachに2年間出向していた時に、ピーチポイントを導入しました。それでふるさと納税にすごく勢いがつきましたね。なので、非常に向いていたと思います。

編委:そのふるさと納税3.0のように、うまく集まったらその企業にお金を流して、地場産品をつくって、それをふるさと納税の返礼品にするような循環の仕組みはどのようにつくられたのでしょうか。

千代松市長:それも阪上が考えました。クラウドファンディングも総務省が推奨していた取り組みだったので、これを泉佐野版にしていこうと考えていました。ふるさと納税の除外処分が取り消された4カ月後に、クラファンをスタートしました。初年度は22億円という水準まで寄付をいただけました。それが次年度には113億で、令和4年度2月の末の時点では131億です。去年も1~3月の3カ月で8億円ぐらいだったので、今年もそれにちょっと上乗せできたらいいなと思っています。

編委:それが企業の誘致とか新しい事業につながるのがすごい面白いなと思います。

千代松市長:もちろん雇用も生み出されていますし、丸善食品という大阪市内の会社も、担当が言うには「泉佐野市に本社を移そうかな」というように言ってくれたみたいなことも聞いています。

編委:都市経営の成功例を肌で実現しているなというのを感じます。

千代松市長:まだまだ成功例ではないですから、これからもうちょっと頑張らないと思います。

編委:話は変わりますが、連絡橋の税収もだいぶ減って2億円くらいだそうですね。

千代松市長:それくらいですけど、やはりちょっとずつ戻りつつありますね。コロナで落ち込んでましたけど、多い時だと4億円を超えてましたから。

編委:そういう利用税の量で関空の利用状況がわかるみたいな。肌感覚ですけど。

千代松市長:それもありますね。

編委:それは面白いなって思います。

千代松市長:連絡橋利用税を導入する時に、課税したら利用者がすごく減るではないかと思ったんですけど、一番いいときだったので、どんどん増えていきましたね。

編委:金額はわずかに2億円かもしれないですけど、国と闘って勝ち取ったっていうところがやはり大きいですね。

千代松市長:ふるさと納税もそうですが、その連絡橋利用税も法定外税なので、大きいですね。

編委:ふるさと納税や連絡橋利用税といった、市の純利益となる法定外税収入を増やしていくというのが経営の基本ですよね。

3.リノベーションや観光資源を活用したまちづくりについて

編委:まちづくりの話に代わりますが、いま泉佐野ではリノベーションまちづくりを進めていますよね。

千代松市長:最近の一番新しいリノベーションした朝日湯という銭湯に文化財保護課が入りましたね。

<銭湯(朝日湯)をリノベーションした文化財保護課>

また、北前船の集落はリノベーションに積極的に取り組んでいます。フリーランスの誘致や、空き店舗を買い取るのに補助金を出して、商店街の中に4店舗ぐらい出店しています。まち全体をリノベーションしていくという取り組みも、今は進めさせていただいております。

さらには、トゥクトゥクタクシーを導入しています。これは自分も乗ったことがありますが、アシストがついていて高齢者の方でも、前に大人二人を乗せることができるくらい軽いんですよ。このようなトゥクトゥクタクシーが、行き交うようなまちにできたら面白いですよね。これを高齢者の方が運転して高齢者雇用につなげていきたいなと思っています。自転車ですから、免許も要りません。

編委:これは今後走らせる予定ですか。

千代松市長:今、実際1台あります。

編委:先ほどの、朝日湯に文化財保護課を入れたっていうのは、このエリアでリノベーションを進めていく意思表示になるのでしょうか?

千代松市長:そうです。

編委:文化庁の京都移転みたいな感じですね。

千代松市長:実は泉佐野市は、3つ日本遺産がございまして、その活用を最大限進めていきたいなというふうに思っています。葛城修験の犬鳴山の七宝瀧寺、中世の荘園遺跡の日根荘、北前船で栄えた佐野町場。佐野町場は、町ごとリノベーションしていきたいと考えています。また日根荘については、世界かんがい施設遺産に井川用水が認定されました。このように点在しているエリアを周遊できるような仕組みをつくり上げていきたいなと思います。

そして、犬鳴山の七宝瀧寺については、661年に開山という非常に長い歴史を持ち、修験道のはじまりの地と言われているので、泉佐野市の観光の目玉の一つとして取り上げていきたいなと思います。

<犬鳴山 七宝瀧寺>

4.最後に

編委:先ほどの総合計画やふるさと納税といったように、市役所の職員の皆さんは、自ら失敗を恐れずに何か取り組んでいらっしゃるように思ったのですが、職員の方とのお付き合いの仕方や、どのようなメッセージを送っているのか教えていただきたいです。

千代松市長:個人的には、職員は500~600人程度ですし、フラット化していると感じています。例えば、時間が空いていれば、副市長や部長ではなく、課長がちょっと話したいというように普通に入ってきます。これがいいのか分からないですけれども、直接会って色々話ができるという環境に変わって来ているのではないかなと思っています。

編委:これから市役所に就職しようとしている若者や中途かもしれないですけど、そういう人に対しても何かメッセージをお願いします。

千代松市長:若い人に対しては厳し目に言います。公務員はやっぱり「甘い」というイメージはありますが、実際仕事しんどいですよって話です。市民に常に見られているし、ちょっとした計算間違いで市民に迷惑かけることになるから、甘く考えてはダメだと思っています。

編委:どうもありがとうございました。

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