阪神 ・ 淡路大震災後の 「まちづくり」 の展開

2019年3月号

龍谷大学 石原凌河

はじめに

 阪神・淡路大震災から24年が経過した。阪神・淡路大震災の都市復興に関わった行政・民間の技術者の多くも退職し、その経験の継承が多くの組織で課題となっている。日本都市計画学会関西支部に特別委員会「大規模災害からの都市復興の再検証と知識の継承専門委員会」(通称、復興検証・知識継承特別委員会)が設置された(1)。この委員会では、阪神・淡路大震災の経験を持たない若手の研究者や行政職員と復興事業を中心的に担ったキーパーソンとが協働して、新潟県中越地震、東日本大震災といった復興事例も踏まえて、阪神・淡路大震災の復興の検証とともに、次なる大災害を見据えた都市復興のあり方について検討している。筆者もその委員会の末席に加えていただいている。

 本稿では復興検証・知識継承特別委員会での議論も踏まえながら、阪神・淡路大震災後のまちづくりの展開に与えた影響と、阪神・淡路大震災の教訓を次の世代に継承するための視点について述べていきたい。

阪神・淡路大震災を契機としたまちづくりの萌芽

 阪神・淡路大震災は計り知れない無数の犠牲と引き換え に、多くのまちづくりの教訓を残し、その後のまちづくりに多 大な影響を与えた。ここでは、その三点を指摘しておく。

協働のまちづくりの萌芽

 被災地では震災後に100以上のまちづくり協議会が新たに設置され、住民主体の復興まちづくりが進められた1)。震災をきっかけに、いまもなお継続的にまちづくり活動に取り組んでいる事例も見受けられる。

 市民だけでなく専門家の役割も大きかった。被災地のニーズに応じて、まちづくりの専門家同士の支援ネットワーク(例えば、阪神大震災復興市民まちづくり支援ネットワーク、神戸復興塾)が多数立ち上がり、住民主体の復興まちづくりに貢献した2)。復興基金によってまちづくりアドバイザーや専門家派遣がなされ、専門家によるまちづくり活動の支援の仕組みが構築された。阪神・淡路大震災ルネッサンスファンド(通称、HAR基金)などのように復興まちづくり活動を支援するための助成制度も確立していった1)。

 いまや当たり前となっている「協働」や「住民参加」のあり方とその仕組みは、阪神・淡路大震災の復興まちづくりが契機となって発展していったと言っても過言ではない。阪神・淡路大震災の復興まちづくりの経験から「協働のまちづくり」が日本社会に定着したとも言われている2)。実際に、平成7年2月16日に制定された神戸市震災復興緊急整備条例の第3条に協働の言葉が掲げられた他、同年3月に公表された 「神戸市復興ガイドライン」の中のまちづくりの4つの目標の一つに、協働のまちづくりの推進が盛り込まれた。神戸市では昭和56年に「まちづくり条例」が制定され、まちづくり協議会の提案を実際のまちづくりに反映できる仕組みが事前に備わっていたことが、震災直後から「協働のまちづくり」を推進できた要因となったのだろう。このことから、阪神・淡路大震災の復興まちづくりの教訓は、震災以前からのまちづくり活動が下地となったものが多いと言える。震災前から住民主体のまちづくり活動が活発に展開されていた地域においても、まちづくり活動を通じた地域のつながり、参加の仕組み、まちのビジョン等が事前に用意されていたことが功を奏し、他地区よりも迅速に再建できた。このことから地域力や地域コミュニティの再評価するきっかけとなった1), 3)。 

 復興まちづくりを支える資料やメディアも数多く誕生した。 震災復興都市づくり特別委員会は、被災7市を対象とした 建物構造被害の目視調査を行い、「被災度建物分布状況図」 として公表した。面的な被害の広がりが明らかになることで、 どのような市街地整備がどこで必要となるかを把握すること ができ、復興まちづくりを支える基盤情報となった。まちの 復興過程における定点観測の成果として『街の復興カルテ』4) が平成 8 年度から平成 16 年度まで毎年発刊された。これ は被災した地域の変化を知る貴重な資料であり、まちの復 興過程の定点観測を分析することができるため、復興の進 捗や新たな復興課題を確認でき、緻密な復興状況の把握が 可能となった。各地のまちづくり協議会では、地区のまちづ くり活動の状況や行政との交渉経緯が「復興まちづくりニュー ス」として刊行され、地域構成員によるまちづくりの方針の 共有と意向集約に役立った。「阪神・淡路大震災復興市民ま ちづくりネットワーク」が発刊した支援ニュース『きんもくせい』5)は、他地区でのまちづくりの動きを把握することができ、 全国の研究者・支援者とのネットワークの構築に寄与した。 こうした資料は現在でも保存され、被災地全体の復興まちづ くりの情報が発信・共有された貴重な資料となっている。

市民社会の萌芽

 阪神 ・ 淡路大震災では、都市機能の麻痺や公的機関の被 災により「自助」や「公助」による災害対応に限界が生じ、 従来は災害対応の主体として想定されてこなかった組織やコ ミュニティの役割が見直されることとなった。震災直後の1年間で全国から実に 138 万人ものボランティアが被災地に駆け つけたが、その多くが被災地や災害救援とは無縁の一般市 民であった。こうした現象を指して「ボランティア元年」と称 され、ボランティア活動の全国的な広がりの原点となった1)。 このような阪神・淡路大震災の経験を通して、市民の自主 的な社会活動の重要性が広く認識されるとともに、法制度や 支援機関等、その活動を支える社会基盤も整備され、被災 者の生活再建の大きな原動力となった。市民の力が台頭し、 被災者を支援するボランティア団体や NPO が阪神・淡路大 震災の被災地から数多く生まれた。個々の団体だけでなく、 団体同士をコーディネートする中間支援組織も誕生した。阪 神・淡路大震災の復興まちづくりを契機に発展したこれらの 組織は、いまや成熟社会を支える市民セクターとして位置づ けられ、各地のまちづくりの主体として大きな役割を果たし ている。

事前復興まちづくりの萌芽

 南海トラフ地震などの甚大な被害が想定される地域を中心 に、各地で「事前復興まちづくり」が進みつつある。「事前復 興」の概念は、阪神・淡路大震災の復旧・復興過程に関わっ ていた専門家の間から「ささやき」のように語られた言葉だと 言われている6)が、公式的に使われたのは阪神・淡路大震災 を踏まえての防災基本計画の緊急改定であると指摘されてい る7)。阪神・淡路大震災以前は、災害による被害を出さない ように必要な対策を積み重ねる「防災まちづくり」が主流で あった。しかしながら、これまでまちづくりに取り組んでいた 地域では、まちの再建が早期に実現したことからも、これま でのまちづくり活動の延長線上に復興がある「連続復興」と いう考え方が生まれた。こうした背景から、被害を見据えた まちづくりを事前に取り組もうとするバックキャスティング的な 「事前復興まちづくり」が提起されるようになった。 「事前復興まちづくり」については現在でも明確な定義が 存在しないが、阪神・淡路大震災を契機に、「防災まちづくり」 の一辺倒ではない、災害や危機と対峙する多様なまちづくり のあり方が提示されたと言えるだろう。

阪神・淡路大震災の経験をどのように継承するか?

  阪神・淡路大震災の多くのまちづくりの教訓を、震災を経 験していない次の世代へどのように継承していけば良いのだ ろうか。 復興検証・知識継承特別委員会でも、現在と当時との時 代背景の「違い」や、計画や制度の「違い」から、阪神・淡 路大震災の教訓を次の復興に活かすことは困難であるといっ た議論が度々重ねられてきた。日常的に事業や計画がそれほど発生していない現在の社会状況の中で、計画や事業が 日常的に行われてきた阪神・淡路大震災の復興事業の枠組 みや意思決定のあり方などをゼロベースから理解することが 相当困難であると思える。 震災の教訓を経験者から未経験者に対して一方的に学ぶ だけでは教訓は継承できない。だからこそ、次なる大災害に 対して阪神・淡路大震災の教訓がどのように活かされるのか を、経験者と未経験者が協働して探究していくことこそが教 訓を継承する鍵となるだろう。 次の時代に発生する可能性が極めて高い南海トラフ地震 や、大阪の中心部に甚大な被害が生じるとされている上町断 層帯地震などに備えるためにも、阪神・淡路大震災の教訓 を引き続き検証し、次の世代へ継承する方法を考えていく必 要があるだろう。

【参考文献】

  • 1)阪神・淡路大震災復興フォローアップ委員会(2009)『伝える:阪神・ 淡路大震災の教訓』ぎょうせい
  • 2)災害対策全書編集企画委員会(2011)『災害対策全書(3)復旧・復興』 ぎょうせい
  • 3)日本建築学会編(2005)『まちづくり教科書第7巻:安全・安心の まちづくり』丸善株式会社
  • 4)財団法人 21 世紀ひょうご創造協会,財団法人阪神・淡路大震災記 念協会(1997 〜 2006)『街の復興カルテ(1996 年度版~ 2004 年度版、2005 年度総括版)
  • 5)阪神・淡路大震災復興市民まちづくり支援ネットワーク「阪神大震 災復興市民まちづくり PDF 版」(http://web.kyoto-inet.or.jp/org/ gakugei/kobe/indexhtm)(最終閲覧日:2019 年 1 月 7 日)
  • 6)佐藤滋他(2009)『日本建築学会叢書 8 大震災に備えるシリーズⅡ  復興まちづくり』日本建築学会
  • 7)中林一樹(2016)「事前復興の発想、復興準備から実践する事前 復興へ:その意義と可能性」日本災害復興学会誌『復興』第 16 号, Vol.7,No.4,pp3-14.

【注釈】

(1)現在、日本都市計画学会の会員となっていない組織の参画も得て2018年度から3カ年で阪神・淡路大震災の経験を持たない技術者と復興事業を中心的に担った技術者が協働で、新潟県中越地震、東日本大震災といった復興事例も踏まえて阪神・淡路大震災の復興を検証する事業を実施し、1)経験の継承、2)都市復興のあり方の検討を行う。

     2018−19年度に調査研究活動を行い、その成果を踏まえた報告会を阪神・淡路大震災の25周年事業として実施すると共に2018年3月21日(木)に「こうべまちづくり会館」にて中間報告会を実施する。

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