地域でインパクト投資を活用するために

Vol.36
関西支部だより+ 36号(2022年3月版) 
特集「都市経営とまちづくり」No.5

深尾昌峰(龍谷大学政策学部)

はじめに

 人口減少や価値観の多様化、根深い社会的病理など私たちの社会は不確実性を増しています。格差の拡大は、様々な分断を生み出し、資本主義社会のあり方を考え直す議論も盛んになってきています。私たちが「当たり前」と思ってきたものを大きく疑い、大袈裟にいうと新たな文明創造をしていかねばならない、その転換点に私たちは生きているのだと思います。全世界が共有している新型コロナウイルスによる社会的な混乱はそれらを加速させていくのではないかと思います。加えて、パリ協定以降、地球環境に関する意識も高まり、政策的なアプローチも加速的に進んできています。産業革命前との比較で平均気温上昇を2度以内に抑えようという動きはまさしく「ポスト近代」の模索であるといえます。その流れで、いま投資の世界もESG投資やインパクト投資が一つの潮流になりはじめるなど大きな変化が見られます。投資家が利潤追求主義から社会的公正を求めるネガティブスクリーニングから始まり、社会問題への対応やソーシャルインパクトを生み出す事業への投資を積極的に行うポジティブスクリーニングへの変化が見られ始めています。

 私の問題意識は、それらESG金融やインパクト投資と呼ばれる流れを、日本の地域社会はどう活用していくか、その前段として地域社会に引きつけるために必要なエコシステムとはどんなものなのか、地域社会や人々の暮らしにとってインパクトとは何なのかです。その問題意識をベースに研究を進め、地域のNPOや自治体・企業と実装作業を繰り返しています。今回は、そのいくつかの取り組みを紹介したいと思います。

(1)インパクト投資とは何か

 インパクト投資とは、財務的リターン(経済的収益)と並行して、ポジティブで測定可能な社会的及び環境的インパクト(社会的収益)を同時に生み出すことを意図する投資行動を指します。従来の投資は「リスク」と「リターン」という2つの軸により投資判断が行われてきました。これに「インパクト」(社会的収益)という第3の軸を取り入れた投資、かつ、事業や活動の成果として生じる社会的・環境的な変化や効果を把握し、社会的なリターンと財務的なリターンの双方を両立させることを意図した投資を、インパクト投資と呼びます。

 最近新聞紙上などでもよく目にする「ESG投資」は、インパクト投資の一部ともいえます。しかし、現実的には現状の「ESG投資」はネガティブスクリーニングに終始しているものが多く、厳密にはインパクト投資には分類されません。機関投資家などはネガティブスクリーニングでは納得しなくなってきており、今後市場でインパクト重視に転換していくと思われますが、インパクトをどう測定するかは大きな課題として横たわっています。

(2)地域での活用事例

 地域における住民が出資する取り組みも広がりと深まりをみせています。滋賀県東近江市から始まった成果連動型補助金制度(東近江市版SIB)は、従来の補助金事業を、その事業成果を独立した評価機関が評価、目標達成時のみ事業者に報酬を支払う成果連動型にすることで、行政改革的な効果と地域住民の参画を両立させています。この取り組みは住民からインパクト投資を募集した日本で初めての事例ですが、住民が自分たちのまちをこうしたいという願い、我がまちのためにチャレンジしている人を応援したいという気持ちをベースに投資という形で参加しています。

 画一化しやすい行政事業、特に補助金事業などをインパクトベースに変化させていくうえでもこれらの取り組みは有効ですが、私はそれ以上に住民自治の側面からオーナーシップという側面に大きな特徴があると考えています。

 投資という行為は当事者化をもたらし、いわば一種の共同経営者的な眼差しによって直接的、間接的な関わりが発生しています。自分のまちへのオーナーシップとも言えるかもしれません。

 例えば、東近江市社会福祉協議会が2018年度に取り組んだ、子どもの居場所づくりをテーマにした取り組みは、子ども食堂などが有機的に地域の中でつながっておらず、それぞれ「点」で展開されるなど、地域からの理解は十分とは言えませんでした。それらにSIBの仕組みを導入し、その成果目標をつながりの増加など「質の変化」と設定し、事業に挑戦されました。

図1:SIBの前後比較

 図1はその成果を社協の皆さんが可視化してくれたものです。単に資金を調達するということではなくそのプロセスにより出資者を含む人々は社会資源としてネットワーク化され、濃淡はあるが広い意味での「担い手」へと変容し、出資者も含めて地域で子どもの居場所を支える構造を作り出しています。

 これらの地域の課題に対して投資を呼び込む取り組みはそのプロセスにおいて、課題自体の存在やそれに対してチャレンジする解決主体の存在を広く地域内にシェアするいわば、アンプとスピーカーの役割を果たしているともいえます。地域におけるインパクト投資は、直接的な金銭的なやりとり以上に、デザイン次第で社会参画の重要なツールとなりうるということです。

(3)遺贈寄付と不動産の利活用

 最近、不動産などを含めた「遺贈寄付」が注目を集めています。これまでの遺贈寄付で社会的に注目されたものは比較的大口の数億単位のものが多く、共同募金、日赤などを含む公的機関への寄付、行政などが基金的な活用を行なうもしくは、プライベート財団を設立し社会貢献を行うものが中心でした。しかし、昨今は庶民の遺贈寄付も増えてきています。そのような文脈で不動産を寄付し地域に活用してもらいたいという要請も多くなってきています。例えば大学の研究を支援するために不動産の寄付が行われたり、築100年の立派な日本建築家屋を地域の文化的基盤の保全や交流のために活用してほしいと寄付が行われたりしています。

 またインパクト投資を活用して、空き家を買い取り、地域の空洞化を防ぐ取り組みや、リノベーションして生活困窮者の生活拠点整備なども行われています。

 これまで、市場性がなく見向きもされなかった物件が、利回り重視でない「インパクト」を重視する資金群の登場によって扱い方が変化する兆しをみせています。今後、2016年に成立した「民間公益活動を促進するための休眠預金等に係る資金の活用に関する法律」をもとに成立した「休眠預金制度」がそれらを加速させていくかもしれません。まちづくりのあり方に、このような新しい資金をデザインしたらどうなるか。是非、これをご覧いただいている専門家の皆さんの斬新なアイデアを期待したいところであります。

(4)地域のエコシステム

 これまで紹介した事例などをより普遍化し多様化するために必要不可欠な地域のエコシステムはどのようなものなのでしょうか。2009年以降、日本でも市民立の「コミュニティ財団」が設立されています。コミュニティ財団は、市民的な感受性をベースにした先駆的な事業を、住民の寄付や投資などを組織し事業を支えています。先の東近江の事例も東近江三方よし基金というコミュニティ財団がフレームワークを提供し事業を実施しています。資金のそれぞれの意志を尊重し、時にはデザインすることで多様な資金源を開拓し、住民の参加を促し、自治の活動につなげることがコミュニティ財団の役割であるともいえます。

 また、地域金融機関は重要な担い手です。地銀・第二地銀・信用金庫・信用組合は地域を地盤に金融事業活動を展開しています。グラフは信用金庫の預貸率と信用金庫の国債や公社債などの購入額を示したものです。信用金庫は法的に営業エリアが限定されていて、地域における金融の状態を知るのに一つのベンチマークになります。

図2:信用金庫の預貸率推移と公的債券購入額(信金中金などの資料から筆者作成)

 預貸率というのは、預かった預金に対して、融資などの貸出金の割合をいいます。信用金庫の場合、この預貸率が高ければ地域内の企業などに資金が供給されているということになります。バブル崩壊以降、預貸率は低下し、代わりに国債や公社債などを信用金庫が購入して運用している実態がよくわかります。これは、地域にお金がないのではなくて、地域のお金が地域外で運用されているわけです。これらの資金を地域で循環するようなスキームの開発はまちづくりにとって非常に重要なのではないかと思います。加えてこの低金利時代。国債で得られる利息も僅かな状況では、知恵の絞りどころでもあります。

 次に地域に存在する大学の役割も考えてみたいと思います。大学は教育機関としての持続性を担保するために、多くの資金を運用している「機関投資家」の側面も持ちます。投資家としての大学の役割にはどのようなものがあるのでしょうか。例えば私が勤務する龍谷大学は2013年に「社会的責任投資」として地域貢献型再生可能エネルギーへの投資を行なっています。また、立命館は「立命館ソーシャルファンド」を設置し、ソーシャルインパクトファンドとして運用を開始しました。このように、ポートフォリオの多様化は担保しつつ、学校法人の資産運用の一部をソーシャルやインパクトベースに移行させた意味は大きいのではないかと考えています。

5)さいごに

 インパクト投資を地域に引き付けることは、今後の自治やまちづくりにとって重要な資源になると考えています。その際に、重要になってくるのは「インパクト」をどう考えるかということです。地域政策がアウトカム志向に一部移行することが想定されますが、その際の「インパクト」を「地域社会にとっての便益」との相関関係で捉える必要があります。同じアウトプットでも地域が置かれている状況、文化的・経済的な基盤や背景や現状によって「インパクト」は変化します。それらを私は「ローカルインパクト」と呼んでいますが、量的なものだけでなく、生活者目線有効に機能する指標や時間軸としてどのスパンで捉えることが地域にとって有用な指標となりうるのか。そしてそれらをどう測り、投資家や事業者、受益者が納得するものにしていくのか。これからも小地域での実験を通じて、これらを考えエコシステムを構築していく必要があります。

【参考文献】

1)深尾昌峰「やさしい経済教室」(日本経済新聞・2020年12月4日朝刊),https://www.nikkei.com/article/DGXZQOGH192FS0Z11C20A1000000

2)深尾昌峰「ローカルファイナンス概念と社会的投資」(『龍谷政策学論集』第6巻2017年3月),http://hdl.handle.net/10519/7316

3)深尾昌峰「進化するローカルファイナンス」(『ガバナンス』ぎょうせい2020年9月)

プロフィール

深尾 昌峰(ふかお まさたか)

熊本県出身。滋賀大学大学院修了。1998年きょうとNPOセンター事務局長に就任。2001年には日本で初めてのNPO法人放送局「京都コミュニティ放送」を立ち上げに参画し理事長などを歴任。また2003年から京都市市民活動総合センターの初代センター長をつとめた。また、2009年からは、公益財団法人京都地域創造基金の理事長に就任し、市民による公益創造のインフラづくりを展開。2010年4月に龍谷大学准教授に就任し2011年4月から政策学部准教授、2018年から教授。2020年5月からは学長補佐も務める。その他にも京都大学大学院公共政策研究科非常勤講師、公益法人協会評議員、経済財政諮問会議専門調査会「選択する未来委員会」委員などを歴任。現在、滋賀県東近江市参与等。

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