Medicine-Based Town 医学を基礎とするまちづくり

2020年3月号

奈良県立医科大学・遊佐敏彦

わが国をとりまく医療・介護・福祉に関する現状

わが国は、既に超高齢社会に突入しており、団塊の世代が 75歳以上の後期高齢者に達する2025年には、こうした問題がさらに加速すると懸念されている。厚生労働省では、高齢者の尊厳の保持と自立生活の支援の目的のもとで、可能な限り住み慣れた地域で、自分らしい暮らしを人生の最期まで続けることができるよう、地域包括ケアシステムの構築を推進していることは広く知られている通りである。

一般的に病院の規模をあらわす単位として、病床数(ベッド数)があり、当然大きな病院は何百床という単位になる。2019年末時点で、わが国全体で約153万床あるとされている。これを2025年までに、約20万床も減らす計画があり、合わせて、軽度な患者はなるべく自宅に戻って療養する仕組みをつくるとされている。また、社会保障費は今後、右肩上がりで上昇すると予測されており、「医療費をどう押さえるか」ということが騒がれているが、介護需要の増加率の方が医療需要よりもはるかに高く、喫緊の課題であるといえる。医療費や介護費を削減するためには、高齢になってもなるべく虚弱にならずに、健康寿命を延伸することが重要とされている。「寝たきり」「認知症」「動脈硬化」「骨粗しょう症」などは、毎日、一定の距離を歩くことで、予防できるので、全国の市町村では、健康づくりのための施策が推進され、気軽に検診や健康状態をチェックできる場所が公共空間に作られたり、健康をポイント制度と連携させたりする取り組みも始まっている。しかしながら、地域住民自らが予防のために活動する場や、認知症予備軍や独居高齢者の見守り、自治会等地域組織との連携については、課題も多い。

一方、都市計画の分野では、空き家の増加が問題となって久しい。空き家になるまでのプロセスに着目すると、子が独立し、高齢の夫婦が二人で住んでいる状態がしばらく続き、死別か要介護状態となり、一人暮らしとなる。そして、残された一人が死別、もしくは要介護状態で家を離れることで空き家化することが多い。空き家になってから、維持管理をどうするか、賃借や売買をどうするか、利活用をどうするか、などに取り組むことは当然のように重要であるが、いったん空き家になると、水回りを中心に、すぐに劣化し、再び使うことを想定して、元の状態に戻すためには、改修費用が余計にかさむことになる。加えて、地域コミュニティの衰退も招く。したがって、空き家になる前、すなわち空き家予備軍のときから、家族をケアしつつ、住居の処遇を考えておく、すなわち、住人の健康と家の健康は、一緒に考えていく必要がある。そうしたことからも、空き家化しそうな住居のケアを行う都市計画学と、人のケアを行う医学を合わせて、コミュニティによる双方の支え合いを考えていくことが、重要といえる。

国公立大学医学部および附属病院は、長らく「教育」「研究」「診療」を大きな柱とし高度医療を担う医療機関として、地域に君臨してきた。しかし近年では、これら3つの柱に加えて、「地域貢献・社会貢献」、「国際化」という使命が加わる。医学部、あるいは附属病院という専門性が高く閉じた世界にとどまるのではなく、積極的に外部とつながり、地域社会や国際化に貢献することが重要になっている。すなわち、これまでは病院の中で完結していた機器や人材が、昨今では、地域コミュニティに深く入り込む時代になってきているといえる。こうした姿勢は、冒頭で述べた病床数の削減に対する、これからの大病院のあり方としても重要である。しかし、地域コミュニティとしては、空間や制度ができておらず、課題が多いことも事実である。

こうした現状を踏まえて、公立大学法人奈良県立医科大学(以下、奈良医大)は、地域住民の健康寿命を延伸し、ひいては医療費を削減するための、適材適所のサービスを効率よく行うしくみを、地域の中に計画し、まちも人も健康なるためのしくみとして、「医学を基礎とするまちづくり, Medicine-Based Town, 以下、MBT」を提唱している。さらに地域包括ケアの実現には、医療、介護、住まい、生活支援・介護予防の切れ目のないサービス構築が重要であるが、生活支援・介護予防については現時点では不十分になりがちである。MBTでは、生活支援・介護予防の観点からも地域貢献・社会貢献を行いながら、新しい事業に取り組んでいく。

MBTの実践1:奈良医大今井町ゲストハウスの整備

MBTの最初の計画では、奈良医大が位置する奈良県橿原市と連携協定を締結し、地域貢献を含めたまちづくりを実践する。奈良医大の北西約400mには、重要伝統的建造物群保存地区、今井町が位置しており、奈良医大は、今井町をフィールドとして、MBTを展開していく。

具体的には、今井町にて、「1伝統的町家の再生」、「2まちなか健康拠点の展開」、「3総合的見守りサービスによる地域包括ケアの実施」、の3つの計画がある。

まず、「1伝統的町家の再生」として、「奈良県立医科大学今井町ゲストハウス」(以下、ゲストハウス)を整備した(写真1)。この施設は、今井町内において、伝統的建造物に指定されている町家で、かつて住宅兼パン工房として地域住民の記憶に残る建物であったが、倒壊寸前まで老朽化し空き家となっていた。この建物を改修し、4部屋の寄宿舎として奈良医大が再整備した。改修に先だって、所有者と交渉し、土地は極めて安価な値段で大学が借用し、建物は大学が寄付を受ける契約を締結した。改修費は約5,200万円であったが、このうち1,200万円分は文化庁の補助金を活用し、残りは大学の資金を投入した。建築面積は111.43㎡、延床面積は158.32㎡で、2017年10月に竣工した。

写真1 奈良県立医科大学今井町ゲストハウスの外観

ゲストハウスは、主に奈良医大と連携する国内外の機関に所属する医師や看護師らを、奈良医大が研修等で短期間受け入れる際、彼らの住居として提供する用途として使われている。ところが入退居の頻度が高く、4部屋あるうちの1部屋は、常に空室であることが多い。そこでこの空室を利用し、地域住民の健康維持・増進のための、医学の知見を活用した健康サービスの提供の場所としても活用している。

MBTの実践2:健康教室、その他各種講座の開催

次に、「2まちなか健康拠点」を展開する。前述の地域住民の健康維持・増進のための健康サービス提供に加え、奈良医大は、地元の今井地区自治会と共同で、「健康教室」「音楽療法講座」「認知症予防教室」をそれぞれ月1,2回開催している(写真2)。なお、ゲストハウスでは狭すぎるため、会場は、橿原市が空き家だった町家を改修・整備した貸し会議室や地区公民館を利用している。

写真2 橿原市が改修整備した施設で開催する健康教室
写真3 地区公民館で開催する音楽療法

「健康教室」は2018年8月に開始し、以降月2回程度、継続的に開催している。座位による体操を休憩を挟んで40分程度行うほか、体操前後にはストレスチェック等も行う。2019年12月までに29回開催し、延べ218名が参加した。出席率参加者の中には、健康教室に参加することで、外出機会や近所づきあいが増え、運動習慣が身についたとされる参加者も多かった。

こうした活動を検証し、国公立大学医学部が関与しうる活動で、地域包括ケアシステムの構築に効果的なメニューを確立するとともに、活動を橿原市域全体にも広げ、「3総合的見守りサービスによる地域包括ケアの実施」につなげていく計画である。また、「健康教室」などは、開始当初から、自治会との共催にしている。これは、ゆくゆくは自治会が主体となり、自走化していくことで、持続可能な活動にしていくねらいがあるからである。地域のまちづくりを進める上で、実質的に中心的組織となっている自治会との良好な関係を持続させることが重要である。さらには、行政が進める健康福祉政策にかかる各種取り組みとも連携し、独居高齢者や認知症予備軍の住民を把握し参加を促しつつ、関係者とともに見守っていくことも必要であると考える。場合によっては、地域に住んでいる潜在看護師らを健康教室の相談役として招聘することも考えてゆく。健康教室は、地域包括ケアシステムのハブとなり、地域レベルで運動不足を解消し、気軽に楽しく健康の見える化を行い、閉じこもりがちな独居世帯の孤立を防止し、住民同士の出会いやつながり、自助の力を強化しながら、ちょっとした見守りができるコミュニテケアを実現するとともに、多世代コミュニティを醸成することをめざしている。また、全国的に病床数の削減が進む中、国公立大学医学部や附属病院は、医療機関として存続していくために、新たな価値が問われている。地域社会と歩調を合わせ、地域に貢献することで、持続性のある大学医学部、および基幹病院となることに繋がると考える。

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